じめじめした追想なんてまっぴらだ。
  肺腑(はいふ)をえぐる悲しみなんぞに用はない。

 どうにかこうにかくぐり抜けてきた55年の歳月。
  そんな一顧(いっこ)の価値もない過去などきれいに消し飛んでしまっている。
   そして、あるかなしかの余生が眼前にだらしなく横たわっている。

(『ぶっぽうそうの夜 完全版丸山健二