「なかなかクールな男なのだ」私が言った。「自分が何をしてるかわかっていて、怖れを知らない」
「おまえやおれのように」クワークが言った。
「ああ、だがやつのほうが男前だ」
「おまえやおれより?」クワークが言った。「そんなことが可能なのか?」
(『プロフェッショナルロバート・B・パーカー:加賀山卓朗訳))
「初対面のとき、あんたはおれを殺しかけた」私が言った。
「だが殺さなかった」ルーガーが言った。「きみは私を刑務所送りにするところだった」
「だがそうしなかった」
「では貸し借りはなしだな」ルーガーが言った。
(『灰色の嵐ロバート・B・パーカー:加賀山卓朗訳)
 ホークは両手で交互にボールを打ちはじめた。リズムはまったく崩れなかった。私は手を止めて、見ていた。これがホークの本質だ。彼のするほかのすべてと同様に、まったく努力していないように見える。別のことでも考えているかのように。しかし、その完璧に集中したエネルギーはバッグを破裂させてしまいそうだ。(『昔日ロバート・B・パーカー:加賀山卓朗訳)
 たとえば他の悲しみだが、これが本当にわかったら、自分も悲しくなるというのでなければいけない。一口に悲しみといっても、それにはいろいろな色どりのものがある。それがわかるためには、自分も悲しくならなければだめである。他の悲しみを理解した程度で同情的行為をすると、かえってその人を怒らせてしまうことが多い。軽蔑(けいべつ)されたと感じるのである。(『夜雨の声岡潔:山折哲雄編)
三浦岩礁のみち 三浦半島南端の海岸沿いを歩くこのコースは、「関東ふれあいの道」の神奈川県1番コースとして設定されている。剱埼灯台や盗人狩、宮川湾の風車など見どころたっぷりのコース。(『神奈川の山登り&ハイキング 絶景最新版 ウォーカームック』)
「どうしてそんなに意地が悪いの?」
「天与の才能にちがいない」
(『真相ロバート・B・パーカー:菊池光〈きくち・みつ〉訳)
 つまり彼らは、16世紀の世界地図をまたぎ、東西の歴史をゆり動かしたすべての土地をその足で踏み、すべての人間を、その目で見、その声を聞いたのである! そのとき日本人がどれほど世界の人びととともにあったかということを彼らの物語は私たちに教えてくれる。そして、その後、日本が世界からどれほど隔てられてしまったかも。(『クアトロ・ラガッツィ若桑みどり
高橋篤史●いまのジャーナリズムを覆っているのは、わかりやすいニュース解説を求める「池上彰」化現象ですよ。(『ジャーナリズムの現場から』大鹿靖明編著)
 股関節が上手に使えないと、ヒザ関節や足首の屈曲と伸展に頼ってペダリングをしようとします。ヒザ関節や足首は本来、股関節が発揮する爆発的なエネルギーの経由点にすぎません。ヒザ関節や足首の周囲には、股関節まわりのようにボリュームのある筋肉がなく、大きな力を出そうとするとまわりの筋肉や関節の負担になり、ヒザなどを痛めることとなります。(『より速く、より遠くへ! ロードバイク完全レッスン 現役トップアスリートが教える市民サイクリストのトレーニング法』西加南子)
 ここは、この世でいちばん過酷な楽園だ。過酷なことはわかっているのに、自転車選手たちは楽園を目指し続ける。
 3週間の間、3000キロ以上の道のりを走り続けるという楽園。
 楽園に裏切られる者も、楽園を裏切る者もいる。楽園を追われる者も、そしてまた舞い戻ってくる者も。
 それでもこの場所はまぎれもない楽園で、自転車選手たちは誰もがこの場所を目指すのだ。
(『エデン近藤史恵
藤原●佐藤(法偀)さんがカッパドキアに宗教の原点を感じ、あそこに何かがあると直観したのは、きっとミトラ教が関係していると思います。ミトラ教は中東の古代の多神教の源流であり、ミトラの母親のアシュトラ信仰として、ゾロアスター(拝火)教の祖先に相当しており、インドでは仏教にも影響を与えています。
 分断し得ない無限のアミトラがアミダになり、浄土思想として阿弥陀信仰の形をとって、西方浄土を拝む儀式に定着しています。また、地中海地方では地母神のアルテミスとして、キリスト教もマリア信仰になっているし、マイトレーヤは普遍性を持つ存在だから、分断した基本単位として基準の意味で、メートル法の語源にもなっています。
(『賢者のネジ 21世紀を動かす「最終戦略論」藤原肇
 とくに広範な影響を及ぼしたふたつの発明は、「運動」――これによって動物は食料を探しまわれるようになった――と、「視覚」――これはあらゆる生物の特徴や行動を変えた――だ。5億4000万年ほど前に起きた急激な目の変化は、特異な動物が化石記録に突然現れだすカンブリア爆発という現象の大きなきっかけになった可能性が高い。(『生命の跳躍 進化の10大発明ニック・レーン:斉藤隆央訳)
 Bさんは地面に倒れて動かなくなった。その肩を城田氏は長靴で蹴る。さらに血のついたハンマーを持ったまま自宅にあがり、台所にいた妻を襲う。止めに入った長男も襲う。血まみれになり瀕死の3人を残して社用車で逃走する。まもなくパトカーに停車させられて職務質問され、車内から血のついたハンマーが見つかり、緊急逮捕される。
「会社のノルマから解放された一種の解放感があります」
 逮捕直後、城田氏は警察官にそう供述している。
(『大東建託の内幕 “アパート経営商法”の闇を追う』三宅勝久)
 今は信じてもらえないかもしれないが(東京近郊に住んでいる人ならば)その気になれば1日で往復200km、東伊豆で海鮮丼を食べて帰ってくることも、片道300km、日本海まで走って夕焼けを眺めることさえできる。そして、その距離を走る間に見ることができる景色は、エンジン付きの乗り物から見る景色とはまったく違うものだ。もちろん辿り着いた目的地で見る景色もまったく違って見えるはずだ。
 ロードレーサーとはそういう乗り物だ。
(『自転車で遠くへ行きたい。』米津一成〈よねつ・かずのり〉)

ロードバイク
 思うに、人間のヒューマニスティックな感情は、ある連帯的な関連の中ではじめて保証された姿をあらわすものではないのだろうか。良心は場所を選ぶのではないだろうか?(『西洋一神教の世界 竹山道雄セレクションII竹山道雄平川祐弘編)