――こういうすごみは、みたことがない。
人をみぬく目をもっている高傒(こうけい)でも、ひそかに感嘆の声を挙げた。進退によって、その人の真価がわかるというが、退くことが進むことよりもはるかにまさった例がここにあり、鮑叔(ほうしゅく)ほどみごとな男をみたことがない、と高傒は感動した。鮑叔のここまでの行動が、私欲をともなわなかったことで、すべて君主と国家のためであることがあきらかになり、桓公を射殺しようとした管仲(かんちゅう)を薦(すす)めたことも、窮極の友情の象(かたち)であるとはいえ、人間わざとはおもわれない。
(『管仲』宮城谷昌光)