そもそも、なぜ太るのでしょうか?
 肥満とは、ご飯やパン、麺類といった糖質を頻繁(過剰)にとって血糖値が上がるために「インスリン」というホルモンが大量に分泌されることによって生じます。
 インスリンは“肥満ホルモン”という異名をとるほど肥満に直結するのです。
 糖質を頻繁(過剰)にとるなどして、いったん小太りになるとインスリンの効き目が悪くなります。インスリンの効き目が悪くなることを「インスリン抵抗性」といいますが、こうなると血糖値を下げるためにより多くのインスリン(肥満ホルモン)を分泌せざるを得ず、ますます太るという悪循環になります。
(『人類最強の「糖質制限」論 ケトン体を味方にして痩せる、健康になる』江部康二)2018-08
 私たちの人生は愛とともに始まる、とカメラをまっすぐに見つめてハリーは言う。私たちは人とのつながりを家庭で学ぶ。それは人生を築き上げていくための土台であるし、そうあるべきなのだ。サルであろうが人間であろうが、もし幼少期に愛を学ばなければ、「おそらく、一生愛を学ぶことはない」。(『愛を科学で測った男 異端の心理学者ハリー・ハーロウとサル実験の真実』デボラ・ブラム:藤澤隆史、藤澤玲子訳)
 私は司馬さんの愛読者ではないけれど、『坂の上の雲』は面白いと思っていました。その日も「雲を求めて、坂を上ってきた日本は、その歴史をどう見通すことができるか」という話ができればと考えていました。
 ところが司馬さんが、
「結局、雲はなかった。バルチック艦隊の最後の軍艦が沈んだ時から日本は悪くなった」
「日露戦争までの日本史は理解できるが、昭和に入ってから20年間の歴史は他の時代とはまったく違い、断絶している、非連続だ」
 と言うに及んで、反論のスイッチが入りました。
 坂を上っていって、雲をつかめたかどうかはわからないけれど、かつて夢にまで見た、西欧的な産業国家になったのは事実です。司馬さんのような見方は、西欧コンプレックスそのものだし、東京裁判の図式と変わらないではないか、といつもの調子で言い募ってしまったのです。
 2~3日してから嶋中さんが、
「非常に面白い対談になったけれど、司馬さんは我が社にとって貴重な財産です。司馬さんは大変なショックを受けてしまいましたから、雑誌に載せるのはやめにしましょう。『日本の近代』の企画もしばらく凍結しましょう」
 と言ってきて、司馬さんとはそれきりになりました。
(『歴史と私 史料と歩んだ歴史家の回想』伊藤隆)
 ちなみに東インド植民地からの収益は、1930-50年にはオランダの国庫歳入の19%、1850-60年には32%にも達した。いうまでもなく、このような高収益はジャワ農民の大きな犠牲のもとに達成されたものであり、東インド植民地は、沈みかかっていた「オランダが手にしたコルク(救命具)」の役をはたした、といわれたほどであった。(「解説」佐藤弘幸)(『マックス・ハーフェラール』渋沢元則訳注 大学書林)
豆腐ごはんを主食にする
 ごはんの代わりとしてイチオシなのが“豆腐ごはん”。たんぱく質が豊富な豆腐と食物繊維が多いおからのコンビは、糖質の摂取量を減らしておなかを満たすという、糖質制限を続けるための条件を満たしています。
(『別冊宝島 糖質制限完全レシピ』)
動脈硬化の進行を外見からチェック!
1 耳たぶにシワができる
2 まぶたにコブのようなもの(脂肪のかたまり)ができる
3 左右の足で爪の伸び方や毛(すね毛)の生え方が違う
4 左右の足の皮膚の色が違う
5 左右の足の太さが違う
6 蚊の刺され方が左右で違う
(『血管がぐんぐん若返る最強療法2016年版』)
宮崎●サンガの下部構造を考える上で、もう一つ重要なポイントは、こんな虫のいい要求を受け容れてくれる世間が近辺に存在していることです。
佐々木●だからお寺というのは、必ずある程度栄えている町のそばになければならなかったんです。飢餓に喘いでいる地方や人里離れた山奥なんかにあったら、托鉢で食べていけなくなる。要するに、余剰の富がある場所でなければ仏教は絶対に生きていけないんですね。
(『ごまかさない仏教 仏・法・僧から問い直す佐々木閑〈ささき・しずか〉、宮崎哲弥

仏教
 20世紀を代表する歴史学者であるアーノルド・J・トインビー(1889-1975年)は「12~13歳くらいまでに民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅んでいる」と言い遺しています。この言葉は、日本人が日本神話を学ばなくなったら、日本民族は滅亡する運命にあることを示唆(しさ)しています。(『現代語古事記』竹田恒泰)

古事記
 満州事変の始る少し前、私はフランスへ行こうとして、シンガポールに来て、一人波打際に立った。
 海岸には大きな椰子の木が1~2本、斜めに海に突き出ていて、遥か向うには2~3軒、床の高い土人の家が見える。私は寄せては返す波の音に聞き入るともなく聞き入っていた。そうすると突然、如何とも名状し難い強い懐しさの情に襲われて、時を忘れてその中に浸った。今でもこの時を思い出して、懐しさの情とはこれを言うのかと思っている。土井晩翠はここをこう歌っている、「人生旧を傷みては千古替らぬ情の歌」。
 アンリー・ポアンカレーは「思想は長夜の一閃光にとどまる。されどこの閃光こそ一切なのである」と言っている。私の人生に表現せられた私の情緒を見ていると、やはり「長夜の一閃光」のように思えてくる。その閃光の中心がこのシンガポールの印象である。
(『紫の火花岡潔
 わたしは数学をやっています。数学の研究とはどういうことをしているかといいますと、情緒を数学という形に表現しているのです。(『風蘭岡潔
 身体の中の血が、すべて新しくなったような気がした。(『キアズマ近藤史恵
 立ち去った後でさえ、この部屋には彼の威圧感が残っている。息苦しくなるほどだ。(『スティグマータ近藤史恵
 秦野峠は丹沢山塊を林道で越える、数少ない峠の一つ。峠から富士山の眺めがすばらしく、クリアな展望が得られる初冬の晴天を狙って上ってみたい。
 渋沢駅北口をスタート。駅前左のコンビニ店の横から、堀川へ通じる県道に出る。
(『神奈川サイクリングコースガイド50』CR2C+神奈川自転車ネット)
 一切の錯覚を知らぬ心は、大義に近づくことができない、といふのが人間の宿命である。(「円谷二尉の自刃」)

(『決定版 三島由紀夫全集 34 評論9三島由紀夫
「なかなかクールな男なのだ」私が言った。「自分が何をしてるかわかっていて、怖れを知らない」
「おまえやおれのように」クワークが言った。
「ああ、だがやつのほうが男前だ」
「おまえやおれより?」クワークが言った。「そんなことが可能なのか?」
(『プロフェッショナルロバート・B・パーカー:加賀山卓朗訳))
「初対面のとき、あんたはおれを殺しかけた」私が言った。
「だが殺さなかった」ルーガーが言った。「きみは私を刑務所送りにするところだった」
「だがそうしなかった」
「では貸し借りはなしだな」ルーガーが言った。
(『灰色の嵐ロバート・B・パーカー:加賀山卓朗訳))
 ホークは両手で交互にボールを打ちはじめた。リズムはまったく崩れなかった。私は手を止めて、見ていた。これがホークの本質だ。彼のするほかのすべてと同様に、まったく努力していないように見える。別のことでも考えているかのように。しかし、その完璧に集中したエネルギーはバッグを破裂させてしまいそうだ。(『昔日ロバート・B・パーカー:加賀山卓朗訳)
 たとえば他の悲しみだが、これが本当にわかったら、自分も悲しくなるというのでなければいけない。一口に悲しみといっても、それにはいろいろな色どりのものがある。それがわかるためには、自分も悲しくならなければだめである。他の悲しみを理解した程度で同情的行為をすると、かえってその人を怒らせてしまうことが多い。軽蔑(けいべつ)されたと感じるのである。(『夜雨の声岡潔:山折哲雄編)
三浦岩礁のみち 三浦半島南端の海岸沿いを歩くこのコースは、「関東ふれあいの道」の神奈川県1番コースとして設定されている。剱埼灯台や盗人狩、宮川湾の風車など見どころたっぷりのコース。(『神奈川の山登り&ハイキング 絶景最新版 ウォーカームック』)
「どうしてそんなに意地が悪いの?」
「天与の才能にちがいない」
(『真相ロバート・B・パーカー:菊池光〈きくち・みつ〉訳)