親類筋の女性Tがかつてネルーの信奉者だった。ネルーの思想と活動に手放しで共鳴し、親譲りの潤沢な資産を惜しげもなく注(つ)ぎ込んだ。熱烈なる敬愛の念は相手にも通じたらしく、インド独立式典への招待状が舞い込み、いそいそと出かけていった。貴賓席で待ち受けていると、憧れの君は民衆の歓喜の声に包まれて颯爽(さっそう)と登場。ボロをまとった女たちが感極まって駆け寄り壇上のネルーの靴に口付けしようとした瞬間、ネルーはあからさまに汚らわしいという表情をして女たちを足蹴(あしげ)にし、ステッキを振り上げて追い払った。周囲の囁(ささや)きから、女たちが不可触賤民(アンタッチャブル)であることを知る。その刹那、Tの「百年の恋」は冷めた。(『打ちのめされるようなすごい本』米原万里)
書評/山際素男