湯川秀樹●もう一つ、さっきのアインシュタインの他にそれと似たような例を申しますと、量子論という、相対性原理と相並ぶ20世紀のもう一つの原理を初めて言い出したプランクという学者、この人はどっちかというと、アインシュタイン以上に徹底した実在論者であり、19世紀的な合理主義者です。去年なくなりましたが、おそらく死ぬまでそういう意味の合理主義者的な立場、従って因果律のようなものをどこまでも認めていく立場を取っていたと思います。ところがこの人が量子論というのを言い出した。量子論というのは自然現象に不連続性があるということなのです。そしてこの不連続性と初めにいった偶然性とが結びついていたのです。当人はそういう不連続性などは認めたくないような傾向の人です。ところがやっていくうちにどうしてもそういうふうにしなければならないことになって、いやいやながらこれを持ち込んだ。それが物理学の大革命のいちばん初めだった。ところが当人はそれとむしろ反対の傾向の人なのです。
小林秀雄●科学だって一種の芸術ですし、芸術家はまた一種の職人ですからね。自分の人生観なり、形而上学(けいじじょうがく)的観念から演繹(えんえき)する事が仕事ではない。具体的な仕事の方から逆に常に教えられているでしょう。その具体的な仕事には職人はいつだって忠実ならざるを得ないから、そういうことになる。
(1948年8月『新潮』に掲載/『直観を磨くもの 小林秀雄対話集』小林秀雄)