ここでイタリアのファシズムとドイツのナチズムを区別することが重要だ。アドルフ・ヒトラーによって展開されたナチズムは、ドイツ人を中心とする優秀なアーリア人種が他の人種を淘汰(とうた)していくという荒唐無稽(むけい)な神話によってつくられていた。
 これに対してファシズムは、自由主義的な資本主義によって生じる格差拡大、貧困問題、失業問題などを国家の介入によって是正するというかなり知的に高度な操作を必要とする運動だった。この場合、資本主義制度には手をつけない。マルクス主義的な社会主義革命を避けて、国家機能を強化することによって資本主義の危機を切り抜けようとする運動だった。1930年代にムッソリーニ統帥がヒトラー総統と本格的提携を始めるまでは、イタリア・ファシズムに反ユダヤ主義的要素は稀薄(きはく)だった。
(『テロリズムの罠佐藤優