「稽古のひどい時には、この辺で足が上らなくなる。なんで四高にはいって、こんなに辛い目にあわなければならぬかと、自然に涙が出て来る」
「ほんとに涙が出るんですか」
「そりゃあ、出る。1年にはいって、1学期の間は、毎日のように、この坂の途中で涙を出す。実際に足が上らなくなるんだから、涙だって出て来ますよ。だが、1学期が終ると、大体諦めてしまう。こういうものだと思ってしまう。僕などは、現在、そうしたところへ来ている。鳶のように深刻に考えたりしない。たいしたこではない。3年間、捨ててしまうだけの話なんだ」
(『北の海』井上靖)
七帝柔道記