ある日通訳が、進駐軍の軍服、外套、軍靴を私に示し、「寒いだろうから」と言った。彼はその温かく堅牢な米軍の被服を私に着よというのである。私は、ここに勤務している多数の日本人と同じ姿になる自分を想像して、嘔吐するような反感を覚えた。私は、言下に拒絶した。
「あなたは親切心で言ってくれるのでしょうが、私は、ヒマラヤを、この体でこの二本の足で七度も越えて鍛え上げているのだ。私がこんな姿をしているのは、あなたのそんな親切なめぐみを、待ち望んでいるのとは、まったく意味が違う。私達は戦争には負けた。しかし、私は、精神的には負けてはいないのだ」
(『秘境西域八年の潜行』西川一三)

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