ちなみに、「正史」とは“正しい史実が書かれている歴史書”ではなく、朝廷が制定した「公式の史書」という意味である。これにたいして民間の史書を「野史」(やし)という。これももちろん“野卑(やひ)で粗雑(そざつ)な歴史書”などという意味ではない。この「野」は「野(や)に下る(下野)などというときの「野」である。
「本紀」とならんで「正史」の根幹をなす「列伝」も、われわれが考えるような伝説とはことなり、個人の私的な生涯を叙述するものではない。「列伝」の主題は、その人物がどの皇帝とどのようなかかわりをもったかであって、皇帝制度における公人としての生涯を記録するものである。だから、「列伝」さえ皇帝の歴史の一部なのである。つまり、中国文明の歴史は皇帝の歴史であり、永久に変わることのない「正統」の歴史である。
(『読む年表 中国の歴史岡田英弘