「石原莞爾」
という名には、さまざまなイメージが錯綜する。
一方の評価として、満州事変をひきおこすことで、日本を戦争へと導いた、戦争犯罪人の一人だとするものがある。
他方には、世界の趨勢にさきがけて、軍備の放棄をよびかけた平和主義の先駆だという見方もある。
20倍にのぼる敵軍を壊滅させた天才的な戦略家である、とも云われ、狡猾な陰謀家とも評されている。
霊的な資質をもった予言者とよばれると同時に、世界史の終焉を結論した精緻な理論家ともみなされている。
近代文明のダイナミズムを信じた国家主義者であり、コスミックな感性から都市文明の解体を宣言したユートピア主義者でもあった。
皇室を尊奉する帝国軍人であると同時に、日本という国家を超える理想と正義のヴィジョンを持っていた。
ある歴史家は、日本においてヒトラーやムッソリーニに匹敵するただ一人のカリスマだと云い、晩年身近に接した婦人は、さながら菩薩のような温容だったと語る。これらの要素のすべてが、いくらかは石原莞爾に該当している。
(『地ひらく 石原莞爾と昭和の夢』福田和也)