第二次大戦後まもなくのころ、いまだに「コトリ」が出没するといわれた。
大正生まれの母はいわなかったが、明治10年代、19世紀末に生まれた祖母が、幼時のわたしにおしえてくれた。
「おそうまで遊んどって、コトリにつれて行かれても知らんで」
と、おどすのだ。
コトリはたそがれどき、軒から軒にこうもりが飛ぶころ、白い服をまとってあらわれる。背はうんとたかい。ふあふあと地上から浮いているのか、足音はしない。手にはビードロのコップをもっていて、そこには赤い液が入っている。祖母からきいた話に、絵本にえがかれたすがたが混淆(こんこう)しているかもしれないが、わたしはコトリをこのように思いうかべた。
(塩見鮮一郎)『サンカ 幻の漂泊民を探して』
サンカ