正道はうっとりとなって、この詞に聞き惚(ほ)れた。そのうち臓腑(ぞうふ)が煮え返るようになって、獣(けもの)めいた叫(さけび)が口から出ようとするのを、歯を食いしばってこらえた。忽(たちま)ち正道は縛られた縄が解けたように垣の内へ駆け込んだ。そして足には粟の穂を踏み散らしつつ、女の前に俯伏(うつふ)した。右の手には守本尊を捧げ持って、俯伏した時に、それを額に押し当てていた。(『山椒大夫・高瀬舟』森鴎外)