ただ「善因善果、悪因悪果」という言い方は、アビダルマ的に厳密にいえば不正確であり、正確には「善因楽果、悪因苦果」と言わなければならない。善の行為が原因となって、好ましい安楽な結果が生ずる。悪の行為が原因となって、好ましからぬ結果が生ずる。原因のほうは道徳的に【善い】か【悪い】かであるが、結果のほうはその結果を受ける身にとって【好ましい】かあるいは【好ましくない】かであって、道徳的にいえばそれは善でも悪でもない中性である。したがって「善果・悪果」という言い方はできないのである。(『存在の分析「アビダルマ」 仏教の思想2』桜部建、上山春平