さらに重大だったのは、ソ連に通じていた「原爆スパイ」たちである。「マンハッタン計画」の内部からは二人の物理学者クラウス・フックスとセオドア・ホール、および技術者のデイヴィッド・グリーングラスが、ソ連に多くの重要な機密の技術情報を伝えた。それは、通常のウランから高濃縮ウランを抽出するための複雑な過程、生産施設の技術的な図面、爆縮技術の工学的原理などである。この爆縮技術によれば、早期にプルトニウムを用いた原子爆弾の製造が可能になり、そもそもプルトニウムは高濃縮ウランよりも精製がはるかに容易なのであった。
彼らがアメリカの原爆の秘密をソ連に漏らしたことで、ソ連は何年も早く、きわめて低いコストで核兵器を開発することができた。ヨシフ・スターリンは、スパイ活動によってソ連がいち早くアメリカの核兵器独占を破ったことから、初期冷戦でのアメリカとの対決において大変大胆な外交戦略がとれるようになったのである。
(『ヴェノナ』ジョン・アール・ヘインズ、ハーヴェイ・クレア:中西輝政監訳、山添博史〈やまぞえ・ひろし〉、佐々木太郎、金自成〈キム・ジャソン〉訳)