戦争がだんだんはげしくなってきて、これは、敗けるかも知れないという重苦しい気持が、じわじわと、みんなの心をしめつけはじめるころには、もう私たちの心から、〈美しい〉ものを、美しいと見るゆとりが、失われていた。
燃えるばかりの赤い夕焼を美しいとみるかわりに、その夜の大空襲は、どこへ来るのかとおもった。さわやかな月明を美しいとみるまえに、折角の灯火管制が何の役にも立たなくなるのを憎んだ。
道端の野の花を美しいとみるよりも、食べられないだろうかと、ひき抜いてみたりした。
(『一戔五厘の旗』花森安治)