キャンプへ、私は抱え切れないくらいたくさんの本を持って行った。とはいっても、人を教えるのに役に立ちそうな知識を本から吸収してやろう、という欲張った考え方からではない。荒川さんから教わった指導者の心得に従ったまでだ。
「選手と一緒に行動する時は麻雀はするな。退屈したら本を読め」
と荒川さんはいっていたのである。麻雀をしてはいけないという理由は、
「キャンプや遠征先の宿舎の部屋へは、いつ選手が訪ねてくるかわからない。そういうとき、麻雀をしていて“ちょっと待ってろ”というのでは、人を指導する資格はない。部屋まで訪ねてくるような選手は十人中十人までが何か悩みごとや相談ごとをかかえているものだ。そういう選手の相手をしてやれないようでは、指導者としては落第である。また、どんな優れた指導者でも、心が通じ合わなければ、なにごとも成し得ない。せっかく部屋まで訪ねてきた選手の意欲まで、たかが遊びの麻雀くらいで潰してしまってはいけない」
というものである。
(『回想』王貞治)