彼はうしろ約20メートルのあたりをよたよたと走っている異様な男を発見して、胆を潰した。その男は汗と垢と土に塗り込められていて、どす黒く光っていた。痩せ衰えた体躯に、顔面は骸骨の如く、くぼんだ奥に光る目はらんらんとして狂人のように鋭く据っていた。顎はとがり、頬骨は突出し、針のような髭が一面を覆っている。頭髪は伸び放題で、野生の怪獣のように見えたらしい。
血と硝煙と泥にまみれた軍服はわずかに一部分しか残っていず、露出して黒ずんだ肌は無数に砲弾の破片が食い入って、その傷口が爛(ただ)れている。左腹部からは新しい血が流れ出し、左脚は血と埃でかたまっていた。
(『英霊の絶叫 玉砕島アンガウル戦記』舩坂弘)
戦争/日本近代史