かつてチェスプレイヤーだった少年がいた。それぞれの駒の持つ潜在的な手筋が、色のついた光の閃きや軌跡を持つ物体として鮮明に見えるのが自分の才能のひとつだ、と彼は明かした。潜在的な手筋の展開が光る生き物のように見えて、どの光が局面を最強にさせ、緊張を最大にさせるかによって着手を選んでのである。ミスをしたのは最強ではない手を選んだときだったが、それは、これ以上ないほど美しい光の軌跡だった。――A・S・バイアット
(『完全なるチェス 天才ボビー・フィッシャーの生涯』フランク・ブレイディー:佐藤耕士訳、羽生善治解説)