芭蕉は『野ざらし紀行』のなかで「汝が性(さが)のつたなきをなけ」ということを言いました。旅の途次、打ち捨てられた赤子が泣き叫んでいた。だが、芭蕉はそれを救ってやろうとしない。
赤ん坊よ、お前さんは自分の不運な境遇に泣くしかないのだよ。だけど、不運はお前さんだけじゃない、世間のみんなもそう、私だってそうなのだよ、じつは。
「汝が性のつたなきをなけ」とはこういう意味でしょう。
なんと非情な突き放し方でしょうか。ここに見られるのは、他人を押しのけてでも生きなければならない人間の非情さです。
(『無名の人生』渡辺京二)