さらにこのような精神科医には、自らの専門性のおおもとである「物語」作成のすべを臨床から転用して、すべての社会事象に説明を与えようとする〈説明強迫〉傾向の強い人々が多い印象を受ける。実はこの〈説明強迫〉もよくない。精神科医がある犯罪者の奇行に説明をつけることにより、本人の独善的行状に社会的容認を与えてしまっている可能性がある。言葉による現象の追認にすぎないと思われるものも多い。わらかないものは説明せず「わからない」と話す勇気も必要ではないか。(『精神科医になる 患者を“わかる”ということ』熊木徹夫)