その一方で、20世紀には、「限界がある」という仰天の帰結が三つ導かれた。現実の世界で私たちが知りうることに、数学の論理を駆使して見出すことができる真理に、そして民主主義を導入して達成できることに、限界があるというのだ。なかでもとりわけ有名なのが、1927年にヴェルナー・ハイゼンベルクによって発見された不確定性原理だろう。それによると、物体の位置と速度を同時に知ることはできず、全知の存在さえ、宇宙に存在する全物体の位置と速度をラプラスに教えることはできない。続く30年代に証明されたクルト・ゲーデルの不完全性定理は、数学上の真理を決めるための論理に不備があることを明らかにした。ゲーデルが不完全性定理を確立した15年ほどのちにはケネス・アローが、投票者が属する社会の選り好みを各投票者の選り好みに基づいて満足に表せるような集計方法がないことを示している。20世紀後半になると、私たちの知る能力や行なう能力の限界を示す帰結が多くの分野で数々導かれたが、この三つが文句なくビッグスリーと言えよう。(『不可能、不確定、不完全 「できない」を証明する数学の力』ジェイムズ・D・スタイン:熊谷玲美、田沢恭子、松井信彦訳)
高橋昌一郎