人間だけが時間を(そして空間をも)空虚と感じる。その中に何か物がつまっているべきはずの、枠のようなものとして思いうかべる。そしてこの空虚に怖れを感じる。獣には時の観念はないのだろう。獣はただ目前の刺戟に反射して生きている。植物は人間が眠っているときとおなじく、獣は人間の幼児のときとおなじなのだろう。それが、人間にかぎって、6~7歳のころから空虚を感じるようになる。目前の反射的行動から分離した、主体の領域をもつようになる。
この、事物をはなれたものを感じる力こそ、人間に独特の能力である。
少年のころ――あれがこういう機能がめざめはじめたときだったろう――われわれは独りでいると、限りない退屈を感じた。それは恐怖にちかい、堪えがたいものだった。
(『乱世の中から 竹山道雄評論集』竹山道雄)