何をしていたかというと、おれはベッドに正座し、デタラメの長唄を唄い、ユカタ姿の中村(誠一)が踊っていたのだ。中村は籐椅子をツヅミのようにかかえ、ヨォーッカッポンカッポンと言いながら踊った。そのうち、籐椅子の底が抜けてしまった。すかさずそれを頭からかぶった。
 〽そこで虚無僧こもかぶりぃ~~
 唄い踊っていると、部屋のドアが開いて、知らない男が、中腰で踊りながら入って来た。あざやかな手つきだった。時々、ヨォーなどと言いながら中村の側までやって来た。それから妙な手つきで、中村の頭から籐椅子をとってしまい、自分がかぶって踊り続けた。我に返った中村が、踊りをやめ、凄い勢いでまくしたてた。
 少しは自信のあるデタラメ朝鮮語でだ。すると驚いたことに、この男はその3倍の勢いで同じ言葉を喋り返した。この【照り返し】にびっくりした中村はそれならと中国語に切り換えた。
 男は5倍の速さでついてきた。これはいかんとドイツ語に逃げた。ますます男は流暢になった。イタリア、フランス、イギリス、アメリカと走り回るうちに、男の優位は決定的になってきた。最後に男の顔が急にアフリカの土人になってスワヒリ語を喋り出した時は、おれたちはたまらずベッドから転がり落ちた。すでにそれまでに、笑いがとまらず悶絶寸前だったのだ。
 中村はいさぎよく敗北を認め、ところであなたは誰ですか、と訊いた。「森田(もりた)です」とそいつは答え、これがおれにとってタモリの最初の出現だったというわけだ。
(『ピアノ弾きよじれ旅』山下洋輔)