そういう、先に向けての肩の荷をすべておろしてみると、譬えようもない身の軽さである。心は空(から)になった。入院をまつあいだ、私はふだんのとおり毎日の散歩にも出たが、風が吹くと身は紙のようにただようかと思われた。この身の軽さを持(じ)し、この心の空(くう)にあそんで、しかも余命なきいまの運命をもう何年か先にのばすことができないか。切に、そう願われた。1日24時間、その1秒1秒がそっくり私のものだった。そして私にしなければならないことは何もなかった。死を待つよりほかに。(『
死に臨む態度』
上田三四二)