おれなどは、生来人がわるいから、ちやんと世間の相場を踏んで居るヨ。上つた相場も、いつか下る時があるし、下つた相場も、いつかは上る時があるものサ。その上り下りの時間も、長くて十年はかゝらないヨ。それだから、自分の相場が下落したと見たら、じつと屈(かが)んで居れば、しばらくすると、また上つて来るものだ。大奸物(だいかんぶつ)大逆人の勝麟太郎も、今では伯爵勝安芳様だからノー。しかし、今はこの通り威張(いば)つて居ても、また、しばらくすると耄碌(もうろく)してしまつて、唾(つば)の一つもはきかけてくれる人もないやうになるだろうヨ。世間の相場は、まあこんなものサ。その上り下り十年間の辛抱(しんぼう)が出来る人は、すなはち大豪傑だ。(『氷川清話』勝海舟:江藤淳、松浦玲編)
福翁自伝/日本近代史