……もっとわかりやすくいうと、もうひとりのフランケルさんがいた。フラウ・フランケル、フランケルさんの母親。ついさっき、フランケルさんがずいぶん年寄りだといった。とするとフラウ・フランケルをどういえばいいのだろう。石のような、骨みたいな、木のような、化けるほどの年より……ぼくは思うのだけど、きっと100歳をこえていた。そんなにも年をとっていたので、血と肉をもった生きものというよりも、建物に備えつけの家具みたいだった。つまり、生きているというよりも、そこにあるといったほうがぴったりだった。この点、蝶の標本とか、こわれやすい薄手の花瓶と似ていた。動かない。ひとことも口をきかない。(『
ゾマーさんのこと』
パトリック・ジュースキント:池内紀訳)