5月、アブグレイブ刑務所での米兵による虐待行為が明るみに出た。世界中に発信されたその写真は、おぞましさに目をおおいたくなるような代物(しろもの)だった。イラク人捕虜を全裸にした上での自慰行為の強制、覆面(ふくめん)をさせた上で殴打し、踏みつける、人間ピラミッド、タブーである豚肉を食べさせる等々。しかも、実行している米兵は指をさして笑っている。人間の尊厳を踏みにじった、この同胞への蛮行。
その話題に変えると、(イマード・)リダはとたんに声を荒らげた。耳にするや否や、まるで目の前に米軍部隊がいるかのように、今まで理性的だった男は激しく興奮しだした。
「おまえたちはイラクを解放すると言っておいて、こんなひどい仕打ちをする。おまえらが言っていることは全部嘘だ! 世界はこんな蛮行は許せないと言っているぞ!」
私は米兵の代わりに、怒鳴られる格好となった。
アブグレイブで起こった出来事が、メディアを通じて流されたことで、当事者であるイラク人たちが、どれほど屈辱的な思いをさせられたことか。民族的トラウマといっていい。五輪出場を決めることで、同胞に蔓延(まんえん)したこの屈辱感を一掃(いっそう)したかったのだと、リダは言う。
(『蹴る群れ』木村元彦)
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