兄の異常な真剣さは、先ず自分の仕事、それから、それまで夢中になって来た陶器や画のすべてにみられる。鉄斎の六曲一双の大屏風を3時間以上ながめていたり、雪舟の「山水長巻(さんすいちょうかん)」の五十何尺とある長い絵巻の前を行ったり来たりているうちに、全く絵の中の二人の男と一緒に自分も小道を歩き、丘にのぼり、洞門のうちに休み、一緒に山水を眺める。高野山で「来迎図」を見るために、何度となく博物館に行っては。何もかも忘れて長い時間をすごす。
「錬金術師のような執念と、きびしく深さをたたえた美意識……」
 と誰かが兄を批評していたが、それは仕事に対しても勿論強く出るのだが、純粋に美だけの探求には、魔物がその上に顔を出す。
(『兄 小林秀雄との対話 人生について』高見沢潤子)

小林秀雄