スプリンターは速度への恐怖を克服しなければならない。
 ゴール前の速度は時速70キロを越える。十数人がもつれ合い、互いを追い抜こうとしている中へ飛び込んでいかなければならないのだ。
 当然ひとりが転倒すれば、みんなが巻き込まれる。怪我なんて日常茶飯事だ。
 怖い、と思ってしまえばもう終わりだ。足は止まり、勝つことはできない。
 冷静に考えれば、怖くないはずはない。
 だから、頭の中の掛け金を外す。生存への本能や、理性を吹っ飛ばす。
 俺たちは狂いながら、自分を壊しながら、限界を超えた速度の中に飛び込んでいく。
 恐怖を感じたスプリンターは、決して勝つことはできない。
(『サヴァイヴ近藤史恵〈こんどう・ふみえ〉)