しかし価値というのも、信じるというのと同様、科学的には思えない言葉である。マッハが、その長く生産的な生涯を通して、物理学から哲学へと転じたのも、まさに彼が価値の問題に魅了されるようになったからだ。科学的説明の価値とは何か。科学者はどういう類の説明を目指すべきか。マッハがウィーンに戻る頃には、その名声は、科学の業績よりも、哲学上の著述の上にあるようになっていた(科学上の業績も、多岐にわたり有益ではあるが、本当に特筆すべきものはない。彼の名が科学者以外の人びとにも知られているとすれば、飛行物の速さが音速の何倍かを示すマッハ数によるものである。便利な考え方とはいえ、天才のひらめきとは言いがたい)。(『ボルツマンの原子 理論物理学の夜明け』デヴィッド・リンドリー:松浦俊輔訳)
デイヴィッド・リンドリー