言動力
魂を揺さぶる言葉の動力(キーワード検索推奨)
台所の流し台の前に、母はいた。
「お茶だよ。マーの分も淹(い)れたからね」
丸盆に二つの湯呑(ゆの)みを載せ、母は私の横を過ぎていく。私は流し台の周囲に視線をめぐらせ、何も問題がないことを確認してから座敷に戻った。
「お父さんの分も淹れようと思ったんだけど、あの人、いないんだよ。出かけたのかね」
「さあ。便所だろ」
父は30年も前に自殺していた。
そのことで、警察が何度もここへ話を訊(き)きに来たことも、母はきっともう忘れているのだろう。
(『
光媒の花
』道尾秀介)
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