私たちは英軍兵舎の掃除にノックの必要なしといわれたときはどういうことかわからず、日本兵はそこまで信頼されているのかとうぬぼれた。ところがそうではないのだ。ノックされるととんでもない恰好をしているときなど身支度をしてから答えねばならない。捕虜やビルマ人にそんなことをする必要はないからだ。イギリス人は大小の用便中でも私たちが掃除しに入っても平気であった。(『アーロン収容所 西欧ヒューマニズムの限界会田雄次〈あいだ・ゆうじ〉)

日本近代史
 訂正はわずか5秒で終わった。
「両国」を「日台双方」に変えただけだ。
 代表処では台湾についてひとつの認識がある。
 それは1972年に日本が台湾と国交を断絶し、中華人民共和国、いわゆる中国と国交を結んだときに発表された日中共同声明に基づくものだ。
 その中で、中国は「台湾はあくまでも中華人民共和国の一地方にすぎず、『国』として扱ってはならない」と主張している。一方、これに対する日本政府の見解は、この「中華人民共和国の立場を十分理解し、尊重する」ということになっている。
(『アリガト謝謝(シエシエ)』木下諄一〈きのした・じゅんいち〉)
 1862年に至って、ガトリングがクランクで操作する機関銃を発明、すぐに改良がなされ、1分間に200発の連射が可能になった。1884年にはハイラム・マクシムが、いったん引き金を引けば、あとは離すまで全自動(フル・オート)で連射しつづける高性能の機関銃を発表。1892年、アメリカでウイリアム・ブラウニングが独自の全自動式銃を改良したが、これは銃身のガス圧で作動するものだった。これらの機関銃はいずれも設計がよく、比較的大量生産向きで、実戦にも十分耐えうる代物だった。そのうえ火力の口上も驚異的だった。ガトリングは自分の機関銃をこう紹介している。「他の火気に比べれば、この期間銃は、鎌に代わるマコーマックの刈り取り機、単なる縫い針に代わるミシンに匹敵する」。(『機関銃の社会史』ジョン・エリス:越智道雄〈おち・みちお〉訳)
竹山道雄●それから、戦争に負けたときは、非常なショックだった。私はそれを思い出すたびに一種の感慨を持つんですけれども、和辻先生という方は古今東西に通じる大学者であったし、人間もりっぱな方で、一時の流行に従ってものを考えたりいったりすることは絶対になかった。その和辻先生でさえ、戦後、この敗戦は、日本歴史全体が間違ってたから、日本文化そのものの責任であるといったような考え方をされた。『鎖国』という本は、りっぱな研究だと思いますが、あれの前後にワクがついている。つまり徳川氏が精神的怯懦のゆえに、積極的に外へ進み出ないで、中へひっ込んでしまった。その計算書をいまわれわれは突きつけられているのである、ということが書いてあります。私はそういうふうに解することはできない。日本人の原罪のせいだというふうに解するのはおかしいと思うんです。(『石田英一郎対談集 文化とヒューマニズム』石田英一郎)
 軽トラックとは、こんな自動車である。
 それは普通に走る。そう言うと凡庸なクルマだと蔑んでいるように捉えられるかもしれない。だが現代において、普通に走ってくれる自動車は稀なる存在なのだ。自動車雑誌を飾る新型車の多くは、眩しいブランドと目を剥くような値札を掲げる輸入車を含めて、TVのバラエティ番組で騒ぐ若手芸人や自称アイドルのように姦しく浅薄な自己主張をするだけで、その実、落ち着いて真っ直ぐ走ることも叶わないおかしな機械ばかりになってしまった。確かな機械への信頼感とともにその辺の道を穏やかに走ろうとしても、情緒不安定な思春期の中学生の如くこれを拒むクルマのいかに多いことか。そんなときに軽トラックに乗ると思う。ああ、自動車とはこういうものでいいのだ、本来こういうものであるべきなのだ、と。
(『軽トラの本沢村慎太朗
 ピカソは、他の著名親ソ知識人同様、知ってか知らずか、「監督」スターリンの振り付けに忠実に従う「スター俳優」であった。第二次大戦中パリに住んでいたピカソは、連合軍によるパリ解放後、フランス共産党に入党し、1950年にスターリン平和賞を受賞、スターリン批判後、同賞がレーニン平和賞と改称された後の1962年にも、再度受賞した。(『日本人が知らない最先端の「世界史」2 覆される14の定説福井義高
 私は戦後10年に次のように記した。
 ――人間はナマの現実の中に生きているのではなくて、彼が思い浮かべた現実像の中に生きている。もし彼がはげしい要求をもっていると、彼はこの現実像をただ要求にしたがって構成して、それをナマの現実とつき合せて検討することを忘れてしまう。かくて、いわば「第二現実」とでもいったようなものが成立する。これは映画に似ている。すなわち、ある特定の立場から材料を取捨選択(しゅしゃせんたく)してモンタージュしてでき上ったものであり、現実を写しながら現実とは別なものである。この映画は、それ自身の中に因果(いんが)の法則をもち、筋書(すじがき)をもち、昂奮(こうふん)させ陶酔(とうすい)させる。……進歩主義的世界像も「第二現実」というタイトルをもった映画である(「昭和の精神史――主観をもった主体」)。
(『歴史的意識について竹山道雄
 でも、「逃げる自由」は誰にでもある。逃げたほうがいいときだってある。(『逃げる自由為末大〈ためすえ・だい〉)
 パワステやパワーブレーキはもちろんのこと、もっと込み入った制御がいまはアタリマエについている。そうした装置というか装備というか、新しいものをつけたら「こんなことができる」。いままでなかったなにかがくわわる。一見プラスのようでいて、道具としての扱いやすさからすると、実はマイナスになっている。新しい装置や制御を追加したことで発生するそのマイナスをいかに減らすか。出さないか。考えかたとしてはそっち方向でいくべきである。EPSだから、あるいはこれこれいう制御があるから、その都合でしょうがない。作る側や売る側のいいわけは聞きたくない。(『営業バンが高速道路をぶっ飛ばせる理由2 逆説自動車進化論國政久郎〈くにまさ・ひさお〉)
 まず真っ先にインプットしておきたいのが、関節や体勢を固定(ロック)しない=「ノンロック」の動き。簡単いいえば、【ひじやひざを完全に伸ばしきったり曲げきったりしない】、いわば中途半端な姿勢で動作を続けるということです。
 たとえばスクワットなら、ひざを伸ばしきって完全に立ち上がる前にしゃがみはじめ、完全にしゃがみ込む前に立ち上がることをくり返します。
(『スロトレ完全版 DVDレッスンつき』)
キャベツとおかかのサラダ

材料 キャベツ1/2玉
A かつお節…がっしりふた掴みほど
  ごま油…小さじ2
  マヨネーズ、めんつゆ…各大さじ1
  しょうゆ…小さじ1/2

作り方
1 キャベツをざっくりと食べやすい大きさにちぎる。
2 1を耐熱ボウルに入れ、ふんわりラップをかけて電子レンジで6分30秒加熱する。
3 2にAを加え、混ぜたら完成。

(『珍獣ママの絶品ズボラごはん。』後藤麻衣子)

レシピ本
 さて、アクセンチュア(※コンサルティング会社)の企画書で非常に興味深いのは、「広宣事業」の改革について示された部分だ。そこにはもはや仏教用語はかけらも見られず、日蓮仏法は影すらない。「会の価値」として中心に置かれているのは「三代会長の思想・行動」だけである。それを「不変の原理」として様々なコンテンツや経路で学会員や社会に伝えるべく、資料を収集し歴史を編纂(へんさん)するためのアーカイブ事業を打ち立てることが、企画書における目玉の一つでもあった。つまりはそれが現代における広宣流布というわけである。(『創価学会秘史高橋篤史

創価学会
 しかはあれど、ツァラトストラは孤りとなったときに、自らの胸に言ったのである。
「ありうべからざることではないか! かの老いたる聖者は森の中にあって、いまだついに耳にしたことがないのである、――神は死んだ!、と。」――
(『ツァラトストラかく語りきニーチェ竹山道雄訳)
「包丁でいうと、いまどんなものを切っているか手応えでわからない包丁は、あまりないですよね。あるいは、切るものに刃が当たっているそのところでなにが起きているかがわからない包丁は」
――はい。
「では、それと同じぐらい、クルマというのは人間にとって扱いやすい道具になっているでしょうか。たとえば、いまの速度がどれぐらいか、メーターを見なくてもちゃんと把握できるか。あるいは、いま走っている路面がどのぐらい滑りやすいのかが、滑る前にわかるかどうか。そういう、ほしい情報が感覚で得られるかどうか。それだけの、いわば触感がちゃんと備わっているか」
(『営業バンが高速道路をぶっ飛ばせる理由國政久郎〈くにまつ・ひさお〉、森慶太)
 古代エジプト人はギザの大ピラミッドの建設資材の運搬のために巨大な石の重量に耐える石畳(いしだたみ)の道を整備しました。古代中国では紀元前1100年代頃に大規模な街道を一部石畳で整備し、その後全長を4万kmまで伸ばしたといわれています。インカ人は伝令たちが使う街道をアンデス山脈に張り巡らせ、マヤ人たちもヨーロッパ人による新世界発見より前にメキシコで石畳の道路網を整備しました。古代の道路整備は軍事的な意図も強く、「すべての道はローマに通ず」と言われた古代ローマ帝国の道路は領土の拡大と繁栄に貢献しましたが、その維持補修費は道路を造れば造るほど膨れあがり、帝国滅亡の原因にもなりました。(『道路が一番わかる』窪田陽一監修)