体育時間、余りにくにゃくにゃしているのを見兼ねた分隊長・唐木大尉より一発殴られた。士官教官が自ら手を出すのはよくよくのことである。
ところが菊地は、平然としてかえって斜になって分隊長の前に擦り寄って行った。何をしているのか、変なことをするな、と思って見ていると、分隊長も不思議そうに一、二歩下がった。さらに擦り寄って殴られなかった方の右頬を突き出して「こちらもどうぞ」とやった。私たちも驚いたが、分隊長の顔も怒りのためさっと赤くなった。それより早く回りで見ていた教官たちが「貴様ッ」とばかり殴りかかっていった。
顔の形が変わるほど殴られても「汝左の頬を打たれなば右頬をも出せ、だ。殴って気が済むなら気の済むまで殴ってもらおう」と、万事この調子なので、私の組では、精神教教育と称して彼が一番叩かれ通したが、遂に信念は曲げなかった。
(『修羅の翼 零戦特攻隊員の真情』角田和男)
日本近代史/戦争