ニューヨーク市の二人の心理学者――コロンビア大学のビブ・ラターンとニューヨーク大学のジョン・ダーリー――は、「傍観者問題」と称するテーマで一連の研究を発表した。その研究のなかで、彼らは一種類もしくは二種類の危機的場面を様々な状況で設定し、誰が救出にやってくるかを観察している。その結果、救出行動の予兆となるもっとも大きな要素は、なんと、その事件にどれだけ目撃者がいるかにかかわっていることが判明したのだ。
 たとえばある実験で、ラターンとダーリーは、癲癇(てんかん)の発作を学生に演じさせる。隣の部屋でその発作の様子を一人で聞いている場合には、85%の確率で学生の救出に向かう。だが、被験者がこの発作を聞いているのが自分のほかに4人いるということを知っている場合には、31%しか学生を救出しようとしないのだ。
 もう一つの実験ではドアの隙間(すきま)から煙が忍び込んでくるのを目撃させる。部屋に一人でいる場合には75%がそれを通報するが、グループでいる場合には38%しか通報しない。
 つまり、集団でいると責任感が薄れるのである。彼らは誰かが助けを呼ぶだろうと考える。あるいは、誰も行動を起こしていないのだから、一見すると問題が起こっているようだが――この場合、癲癇の発作のような声であり、ドアから忍び込んでくる煙――、実際はたいした問題ではないのだろうと考える。
 キティ・ジェノヴィーズ(1964年にニューヨークで女性が刺殺された事件。38人もの人々が目撃しながら、誰一人警察に通報しなかった)の場合、ラターンやダーリーのような社会心理学者によれば、教訓は38人もの人が悲鳴を聞いていたにもかかわらず通報しなかったということにあるのではなく、38人もの人が聞いていたからこそ、誰も通報しなかったことにあるという。皮肉なことだが、彼女がたった一人しか目撃者のいないうら寂れた通りで襲われていれば、助かっていたかもしれない。
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