アリストテレスの自然観は間違っていたが、影響力が大きく、1000年以上もの間、よほど現実的な見方も含め、それと対立する見方をすべて脇に押しやっていた。西洋世界がアリストテレス自然学を――アリストテレスによるゼノンの無限の排除とともに――打ち捨てるまで、科学が進歩することはなかった。
 ゼノンは、知性にあふれていたにもかかわらず、深刻な問題に突き当たった。紀元前435年頃、エレアの圧政者ネアルコスを打ち倒そうと謀り、この大義のために武器を密輸していた。ところが、不運なことに、ネアルコスに陰謀を知られ、逮捕された。ネアルコスは、共謀者を知ろうと、ゼノンを拷問にかけた。まもなく、ゼノンは拷問者たちにやめてくれと頼み、共謀者たちの名前を言うと約束した。ネアルコスが近づくと、ゼノンは、名前は秘密にしておくのがいちばんだから、もっと近寄ってほしいと言った。ネアルコスは体を傾け、顔をゼノンのほうに寄せた。すると突然、ゼノンはネアルコスの耳に噛みついた。ネアルコスは悲鳴を上げたが、ゼノンは噛みついたまま放さなかった。拷問者たちは、ゼノンを叩き殺してやっと引き離すことができた。こうして無限なるものの大家は死んだのだ。
 やがて、古代ギリシアに無限なるものに関してゼノンを凌(しの)ぐ者が現れた。シラクサの変わった数学者アルキメデスだ。無限なるものを垣間見た、ただ一人の思想家だった。
(『異端の数ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念チャールズ・サイフェ:林大訳)