「文明とか人間性とかいうものは、これまで通念となっていたものとは、よほど違ったものではないのだろうか。それであのような不可解なことが起ったのではないだろうか?」――私はしばしばこういう疑念をもつ。
あのような不可解なことというのは、ナチスによるユダヤ人殺戮である。これは言語に絶する残虐行為だった。現代には、このほかにもソ連の裁判や中共の洗脳のようなことがあり、いずれも非人間的な非合理的な、むかしからの文明の概念を覆すような現象である。後世になったら、おそらくこれが20世紀中葉の人間のあり方の一つの特色だったとされるだろう。
(『西洋一神教の世界 竹山道雄セレクションII』竹山道雄:平川祐弘編)
私たちの心は、海に似ているのではありませんか。さまざまのものを中に蔵して、測りがたい深みをもった、さだかならぬ塊です。それは蒼く不断にゆれて、潮騒の音をたてています。夜に、昼に、あらあらしく嘆いたりやさしく歌ったりしています。しかし、その底に何がひそんでいるのかは自分にもよく分かりません。その潮騒にじっと耳を傾けてききいると、その深みからつたわってくるのは、われらの胸の鼓動のひびきばかりです……。
ただ、こうした心の海からは、ときどき思いもかけぬものが漂って浮びあがってきます。
(『竹山道雄セレクション IV 主役としての近代』竹山道雄:平川祐弘編)
ただ、こうした心の海からは、ときどき思いもかけぬものが漂って浮びあがってきます。
(『竹山道雄セレクション IV 主役としての近代』竹山道雄:平川祐弘編)
右翼には、純情だが頭の悪い人もいて、ひたすら日本を礼賛(らいさん)します。万邦無比(ばんぽうむひ)とはさすがに言わなくなったが、外国語も習わなくていい、外国へも行かない、そんな愛国主義者の中から、大東亜戦争は正しかった、などと三分(さんぶ)の理を主張するお山の大将が出てくるようでは困ります。(『日本人に生まれて、まあよかった』平川祐弘〈ひらかわ・すけひろ〉)
竹山は戦前も戦中も戦後も反専制主義の自由を尊ぶスタンスを一貫して変えなかった。それは竹山に知識と知力と自信と勇気があったからこそ可能だったのだと思う。戦時中には反軍部、反ヒトラーの見方を孤独な胸に秘めていたが、その見方が正しかったことが、戦後も反スターリン、反毛沢東という立場を、自信をもって、貫かせたのであろう。そしてそのために、日本の傾向的な論壇では竹山は時には「時流に反して」いかにも孤立した存在に見えた。しかしそれでも日本には竹山のような人の発言を許容する言論の自由はまがりなりにも存したのである。そしてそんな竹山を支持した寡黙な人々もいたのである。(『竹山道雄と昭和の時代』平川祐弘)
竹山道雄
竹山道雄
竹山道雄は児童文学の作者である以上に戦後論壇では一大知識人として群を抜く存在感があった。
そんな竹山は左翼陣営からは「危険な思想家」とレッテルを貼られたが、その立場ははっきりしていた。語の根源的な意味における自由主義である。1936(昭和11)年の二・二六事件の後に軍部批判の文章を書くという反軍国主義であり、1940(昭和11)年にナチス・ドイツの非人間性を『思想』誌上で弾劾(だんがい)し、そしてそれと同じように敗戦後は、反米共産主義、反人民主義で一貫した。戦前戦後を通してその反専制主義の立場を変えることはなく、本人にゆらぎはなかった。日本の軍部も、ドイツのヒトラーのナチズムも、ソ連や東ドイツの共産主義体制も、中国のそれも批判した。
(『戦後の精神史』平川祐弘)
そんな竹山は左翼陣営からは「危険な思想家」とレッテルを貼られたが、その立場ははっきりしていた。語の根源的な意味における自由主義である。1936(昭和11)年の二・二六事件の後に軍部批判の文章を書くという反軍国主義であり、1940(昭和11)年にナチス・ドイツの非人間性を『思想』誌上で弾劾(だんがい)し、そしてそれと同じように敗戦後は、反米共産主義、反人民主義で一貫した。戦前戦後を通してその反専制主義の立場を変えることはなく、本人にゆらぎはなかった。日本の軍部も、ドイツのヒトラーのナチズムも、ソ連や東ドイツの共産主義体制も、中国のそれも批判した。
(『戦後の精神史』平川祐弘)
思うに、人間のヒューマニスティックな感情は、ある連帯的な関連の中ではじめて保証された姿をあらわすものではないのだろうか。良心は場所を選ぶのではないだろうか?(『西洋一神教の世界 竹山道雄セレクションII』竹山道雄:平川祐弘編)
朝日新聞の権威に逆らう者に朝日は容赦しない。紙面を使って糾弾し、世間もそれにひれ伏させ、朝日を怒らせた者の処罰を強いる。朝日は神の如(ごと)く無謬(むびゅう)というわけだ。
『ビルマの竪琴』を書いた竹山道雄氏がある時点で消えた。原子力空母エンタプライズが寄港するとき、朝日新聞の取材に氏は別に寄港反対を言わなかった。これも常識人のもつ常識だが、それが気に食わなかった。
朝日は紙面で執拗に因縁をつけ続けてとうとう社会的に抹殺したと身内の平川祐弘(すけひろ)・東大教授が書いていた。
南京大虐殺も従軍慰安婦も沖縄集団自決も同じ。朝日が決め、毎日新聞や中日新聞が追随し、それを否定するものには耳も貸さないどころか、封殺する。
(『変見自在 スーチー女史は善人か』高山正之)
『ビルマの竪琴』を書いた竹山道雄氏がある時点で消えた。原子力空母エンタプライズが寄港するとき、朝日新聞の取材に氏は別に寄港反対を言わなかった。これも常識人のもつ常識だが、それが気に食わなかった。
朝日は紙面で執拗に因縁をつけ続けてとうとう社会的に抹殺したと身内の平川祐弘(すけひろ)・東大教授が書いていた。
南京大虐殺も従軍慰安婦も沖縄集団自決も同じ。朝日が決め、毎日新聞や中日新聞が追随し、それを否定するものには耳も貸さないどころか、封殺する。
(『変見自在 スーチー女史は善人か』高山正之)
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