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 平成23年3月16日、天皇はすすんで東日本大震災に戦く日本国民に向けて、御自分の言葉で、異例の呼びかけをビデオメッセージという形で行われた。
 しかも【「自分のメッセージの間に臨時ニュースが入ったら、メッセージを中断してニュースを優先するように」と指示】しておられたのだ。(中略)
 知る人ぞ知る、知らない人は知らない、民主党の人々、菅内閣の人々は多分誰も知らないだろうが、【戦後67年間、天皇の口から「自衛隊への御嘉賞」が出されたのはこれが初めて】である。
 しかも、順序が大きな問題なのだ。
 ふつう、総理や政府高官は、「警察、消防、自衛隊」と言う。長い間の自衛隊への複雑な感情を反映して、自衛隊は後回しにされる。
 警察と防衛庁で30余年を過ごした私は、真っ先に「自衛隊」とよびかけた天皇のお気持ちを忖度(そんたく)すると、日夜泥にまみれ、死臭、簡素な給食、風呂もシャワーもままならない中で汚れ仕事に愚痴ひとつ言わず国民に奉仕している自衛隊の姿をテレビでご覧になり、これは推測だが、菅内閣の仙谷前官房長官が昨年「暴力装置」などと貶(おとし)めたことに心を痛められ、その名誉回復のために意図的に「自衛隊」と真っ先によびかけられたものと拝察する。
(『ほんとに、彼らが日本を滅ぼす佐々淳行
 奇妙なのは、自衛隊を「違憲だ」と認識しながら、「自衛隊の存在によって、立憲主義が覆される!」と主張することもなく、「集団的自衛権の限定的な行使容認によって、立憲主義が覆される!」と主張する人々だ。彼らは奇妙というよりも、偽りの立憲主義者だ。
 私は、一読して自衛隊の存在すら違憲としか解釈できないような憲法を改正して、誰もが納得のできる形の憲法を守ることが最も真っ当な方法だと考えているが、わが国には、極めてご都合主義的な偽りの立憲主義者が多数存在していることには辟易としている。
(『平和の敵 偽りの立憲主義岩田温〈いわた・あつし〉)
 日本はこの(MSA)協定締結の条件であった軍備増強の義務として、1953年7月、警察予備隊から成長していた保安隊をさらに格上げし自衛隊を発足させ、アメリカ軍事顧問団を受け入れるなどしてアメリカの要請に応えた。戦後の大きな転換点となった日本の自衛隊発足、再軍備化は、アメリカの余剰農産物が活用された見事な戦略であった。
 この時受け入れた小麦のことを「MSA小麦」というが、その小麦を国内で消費するため、厚生省は粉食奨励を「栄養改善運動」の柱にして、学校給食ではパンとミルクの給食を定着させ、パン食普及などの力を入れ、「近代的」な食生活推進のために活動した。
(『「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活』鈴木猛夫)

玄米
 共産党は、東京裁判の結果をそのまま受け入れ、「戦争をした日本は悪い国だった」と断罪し、日本の歴史や伝統を吟味することなく否定してきた。また、防衛については考えを二転三転して、アメリカ軍や自衛隊についてもただただ反対しているだけである。(『日本共産党と中韓 左から右へ大転換してわかったこと筆坂秀世
 そもそも日本の首相も、政治家も、保守派の論客も、靖国神社とは何かを知らない。
 英霊とは何かを知らない。
 靖国神社が「奉慰顕彰」(ほういけんしょう)の施設であること、「顕彰」とは何かを知らない。
 靖国神社の思想と、千鳥ケ淵御苑の思想は、全然違うということを知らない。
 靖国神社とアーリントン墓地が、全然違うということも知らない。
 靖国神社を将来どうしたいのか、考えてもいない。
 自衛隊員が戦争で死ぬ日が来たら、どこに祀(まつ)るのかを考えていない。
(『保守も知らない靖国神社小林よしのり

日本近代史
筆坂●これまで防衛庁がらみの汚職は全部役人どまりなんですよ。政治家までいかない。特に軍用機は聖域にされてきた。FX(次期戦闘機)戦争と呼ばれた戦闘機の導入をめぐる商戦、ダグラス・グラマン疑獄、ロッキード事件等々、全部そうですよ。岸信介をはじめ色んな政治家の名前があがったが政治家まで操作の手が及んだことがない。ロッキード事件だって田中角栄が逮捕・起訴されたのは全日空が導入した民間機トライスター導入をめぐってのものでした。しかし、機数も金額もはるかに多かったのは自衛隊が導入した対潜哨戒機PC3でした。職務権限もこちらの方がはるかに明確だったが、不問に付された。要するにアメリカの安全保障戦略に関わるからです。(『自民党はなぜ潰れないのか 激動する政治の読み方』村上正邦、平野貞夫、筆坂秀世
 児玉はこの壮行会(※モスクワに赴く河野一郎農林大臣を送り出すパーティ。1956年9月31日)に出席した親分たちを中心とする「やくざ軍団」を、日米安保保障条約改定と、アメリカ大統領アイゼンハワー訪日に反対するデモ隊の鎮圧に動員しようとした。このとき、岸総理は自衛隊の出動も断られ、警視庁にも匙を投げられていた。公権力が動けないなかで、岸が唯一頼りとしたのは、児玉率いる「やくざ軍団」だった。(『児玉誉士夫 巨魁の昭和史有馬哲夫

児玉誉士夫
 たとえば、2011年の上半期(4月から9月まで)の間、領空侵犯の恐れがある外国機に対して、航空自衛隊が緊急発進(スクランブル)した回数は合計203回となり、そのうち対中国機へのものが昨年同期比で3.5倍の83回に急増している。防衛省統合幕僚監部によると、いずれのケースも領空侵犯の事態にまでは至っていないが、中国軍の情報収集機が沖縄県・尖閣諸島の北100キロ圏まで接近する例は相次いでいるという。(『緊急シミュレーション 日中もし戦わば』マイケル・グリーン、張宇燕、春原剛、富坂聰)
 思わず語気を強めて詰め寄った。
「憲法改正して再軍備をするのだと、そうおっしゃっていたじゃないですか。今後自衛隊をどうなさるおつもりですか」
「今は経済再建が第一である。経済力が復活しなくて再軍備などあり得ない。経済力がつくまで、日米安保条約によってアメリカに守ってもらうのだ」(※吉田茂
 明確な返答には説得力があった。
(『重要事件で振り返る戦後日本史 日本を揺るがしたあの事件の真相佐々淳行

日本を貶めた戦後重大事件の裏側
 自衛隊市ヶ谷駐屯地の総監室のバルコニーに立つ三島の姿を目撃したという、当時16歳だった女性がいる。
 その日、彼女は偶然、市ヶ谷にいたのだ。ロックグループ「はっぴいえんど」が所属していた事務所、「風都市」に、その日、彼女は遊びに来ていた。(中略)
《あのときのことはすごく鮮烈に覚えている。》
 そして、
《あのとき、60年代末のムーヴメントが終わった。「これで時代が変わるなあ」って思ったことを覚えてる。あれと、あさま山荘事件(72年)でね。「時代は変わる。じゃあ、作詞家になるかな」って。》
 この16歳の少女は、前年に15歳で作詞家としてデビューしており、翌年には作曲家としてもデビューする。そして、この少女がシンガーソングライターとしてデビューするのは1972年だ。荒井由実、という。
(『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』中川右介)

三島由紀夫