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 言語は基本的に左脳でやっています。漢字を読むところは、側頭葉です。一方、仮名を読むところは頭頂部に近い上のほうなんです。だから左脳の上が壊れると仮名が読めなくなって、下が壊れると漢字が読めなくなる。
 面白いのは、漢字読みができなくなった人は、漫画がわからなくなることです。実は漫画は漢字と同じで、意味を表す図形だからです。それに音声を振っている。これが、吹き出しです。吹き出しは、ルビなのです。
 日本語の成立と同時に、漫画が成立してきます。絵があって詞書(ことばがき)が付いてくる。それが、いつのまにかその詞書が漫画の中では吹き出しに変わってくる。吹き出しを会話だと思っている人が多いけれど、そうじゃない。あれはルビです。あの部分は音声、音なのです。そして漫画の絵そのものが漢字なのです。
(『バカにならない読書術養老孟司池田清彦、吉岡忍)
 例えば、「おもふ(おもう)」という日本語には、モノを考えるという意味はないのです。「おも」は顔のこと。それが動詞化した「おもふ」はうれしいことや悲しいことが「ぱっと、顔に出る」という意味です。その「おもふ」が漢字に出会って、深化していったのです。
 漢字の「思」の上の「田」は頭脳の形で、頭がくさくさするの意。「念」の「今」の部分はモノにふたをする形で、じっと気持ちを抑えている意味。「懐」は死者の衣の襟元に涙を落として哀悼すること。「想」の上の部分の「想」は茂った木を見ると心に勢いが出てくる、つまりモノを見て心が動くこと。ですから「想」は、この心の勢いを人に及ぼし、遠くおもいを馳せること、おもいやることです。
(『白川静さんに学ぶ漢字は楽しい白川静監修:小山鉄郎編)
 当用漢字は世間で考へられてゐる様に、仮名文字論者やローマ字論者の手によつて提案され実施されたのではない。当時の国語審議会委員の大部分は保守派の国語学者、国文学者だつたのです。彼等は、国字をローマ字化した方がよいと考へてゐたアメリカの教育使節団の勧奨に遭つて、そんな事になつたら大変だといふ憂国の情から、当用漢字を制定し、それを防波堤として、それ以上の漢字追放を阻止しようと考へたのです。(『日本を思ふ福田恆存〈ふくだ・つねあり〉)
 中国人が「街道」という語を見たら、多分「街の道」つまり市街地の中の道、と思うだろう。
 無論そうではない。「街道」は遠い地域を結ぶ幹線道路、ハイウエイである。
 もとは「海道」と書いた。海沿いの道、あるいは一部海路を含む道である。代表的なのが京都から東国(鎌倉など)へ行く道である。単に「海道」とも言い、東国へ行く道ゆえに「東海道」とも言った。海沿いでなくとも主要幹線道路は「海道」と言った。
(『漢字雑談』高島俊男)

漢字
【「呪的儀礼(じゅてきぎれい)を文字として形象化(けいしょうか)したものが漢字である」】(白川静
(『白川静の世界 漢字のものがたり』別冊太陽)
「はかる」という言葉はたくさんの漢字で表されることでよく知られている。「測・量・計・図・謀・諮」が代表的なところで、そのほかにも「忖・画・度・称・秤・料・評・詢・衡……」など、数多い。要するに、大昔から使っていた「はかる」という言葉に、輸入された漢字を適当に当てはめているわけだが、この適当ぶりを見てみるとなかなか興味深い。(『なんでも測定団が行く はかれるものはなんでもはかろう』武蔵工業大学編)
 すでに志(こころざし)があるならば、ことは果敢(かかん)に行(おこな)うべきである。――白川静(『白川静博士の漢字の世界へ』福井県教育委員会編)

漢字
 このように漢字は徐々に生まれてきたのではなく、強大な権力者によっていっぺんに生まれてきたのです。文字が生まれるには「大王」と呼ばれるような絶対的な神聖君主の存在が必要でした。
 そのいっぺんに生まれた四千数百もの文字のうち、現在でも読めるものが約二千五百文字あるそうです。
(『白川静さんに学ぶ漢字は怖い小山鉄郎

白川静
【アイコン】Icon/(中略)このIconなる英語は、実は、「イコン」すなわち、ギリシア正教でいうところの「聖母像や殉教者の肖像画」と語源を同じくしている。
 つまり、キリスト教圏に住む英語国民にとって「アイコン」は、相当に宗教味を帯びた言葉なのである。つまり、キリスト教圏に住む英語国民にとって「アイコン」は、相当に宗教味を帯びた言葉なのである。であるからして、漢字および仏教文化圏に住む者の一人として、私は、思い切って「アイコン」を「曼陀羅」と訳してみたい衝動に駆られるのであるが、そういうことをして業界に宗教論争を持ち込んでも仕方がないので、このプランはあきらめよう。
 さて、「イコン」は、聖書主義者あるいはキリスト教原理主義者の立場からすると、卑しむべき「偶像」である。
 彼らは、イコンに向かってぬかづいたりする人間を「アイコノクラスト(偶像崇拝者)」と呼んで、ひどく軽蔑する。なぜなら、偶像崇拝者は、何物とも比べることのできない絶対至高の存在である神というものを、絵や彫像のような卑近な視覚対象として描写し、そうすることによって神を貶め、冒涜しているからだ。しかも、偶像崇拝者は、もっぱら神の形にだけ祈りを捧げ、神のみ言葉に耳を傾けようとしない愚かな人間たちだからだ。
 ……ってな調子で、融通のきかない原理主義の人々はコ難しいことを言っているが、一般人は、ばんばん偶像崇拝をしている。
 結局、偶像は、迷える仔羊たちに「神」を実感させる道具として有効なのだ。というよりも、形を持たないものに向かって祈ることは、並みの人間にはなかなかできないことなのである。
(『コンピュータ妄語録小田嶋隆
 たしかに、はじめにことばがあり、ことばは神であった。しかしことばが神であったのは、人がことばによって神を発見し、神を作り出したからである。ことばが、その数十万年に及ぶ生活を通じて生み出した最も大きな遺産は、神話であった。(『漢字 生い立ちとその背景白川静

宗教
「帰省」には「省(かえり)みる」という行為が含まれている。故郷に帰って、父母を省みる。親の安否をうかがう。それが「帰省」の本来の意味である。単に故郷に帰るだけでは「帰省」とはいえないのである。(『親を切ると書いてなぜ「親切」 二字漢字の謎を解く』北嶋廣敏〈きたじま・ひろとし〉)
野口●僕の言うことはいつも結論が出せないんです。唯未決定論ですね。本書にも書きましたが、唯情報論は言い換えれば、唯差異論、唯変化論、唯流動論、唯関係論……和語で言えば、唯こと論です。「こと」というのは漢字をあてはめるとわかりやすいです。言葉の言(こと)、事柄の事(こと)、事実の事(こと)、異なるの異(こと)、殊にの殊(こと)、和語ではこれらの意味すべてをひっくるめて「こと」と言っています。和語はそういうふうに意味の範囲が広い。「ことば」という言葉は、このような「こと(差異)」の端を全体から抽き出して名づけたものだと言えるでしょう。(『原初生命体としての人間 野口体操の理論』野口三千三)
 漢字で「米」と書くと、語源的には穀物の粒のことを指しており、あわもきび、ひえも、すべてを米と呼びました(『角川新字源』角川書店刊)。
 ところが、いつのまにか、「米」の粒だけをいうようになってしまったのです。つまり、日本人にとって、米は、それほど重要な食物だったのです。
(『米の力 雑穀の力』永山久夫)

雑穀
【歌】
形声。音符は哥(か)。字はまた謌(か)に作る。哥は■(可-口/木の枝の形で、杖)で■(サイ)(神への祈りの文である祝詞を入れる器)を殴(う)ち、その祈り願うことが実現するよう神にせまるの意味で、「可(べ)し」という命令と「可(よ)し」という許可の二つの意味を持っている。欠(けん)は立っている人が口を開いて叫んでいる形で、神にせまるとき、その神に祈る声にはリズムをつけて、歌うように祈ったのであろう。その声の調子を歌といい、「うたう、うた」の意味に用いる。国語の「うた」も「拍(う)つ、訴う」と関係があるように思われる。詩歌(歌をうたうこと)の詠は声を長くのばす歌い方。歌は強くせまるような歌い方であろう。歌謡(うた)の謡(謠)は「わざうた」(時事の風刺などを含むはやり歌)で、祭肉を供えて神にねだるように歌うことをいう。唱はみなでそろって勢いよく合唱するという歌い方である。
(『常用字解 第二版白川静

漢字
 江戸の識字率は、世界でもまれに見るくらいの高さでした。江戸市内だったら、ひらがなに限っていえば、ほぼ100パーセントで、当時のロンドンやパリと比べても群を抜いています。絵草紙(えぞうし)でもなんでも、漢字の脇に仮名が振ってあれば読めました。ただし、黙読ができないので、声に出して読まないと頭の中に入っていきません。高札場(こうさつば)などに御触(おふ)れが立つと、集まった人々が各々声に出して読むので、輪唱のようになってしまいます。貸本(かしほん)などでも、座敷の中でひとりが読んで、女性が出るところになると「じゃあ、女将(おかみ)。ここから読んでくれ」と、バトンタッチして、それをみんなが聞くというように4~5人で楽しみました。(『お江戸でござる杉浦日向子監修、深笛義也構成)
 大宝律令のころは「日本」と書いて「やまと」とか「ひのもと」と読んでいましたが、奈良時代になると漢字の知識が広がり、訓ではなく音読みするようになりました。「にほむ」と発音していたようです。
 これが時代が下って、室町時代になると、東国の発音で読まれるようになり、「にほん」あるいは「にっぽん」となったのです。
(『つい誰かに話したくなる雑学の本』日本社)
殷の紂王が)象牙の箸で食事をするようになれば、それまでの粗末な土器の茶碗では物足りなくなり、きっと玉(ぎょく)で作った食器を使うようになる。玉の食器を使うなら、その中に入れる食品もマメのスープなどの質素なものではなく、贅沢で珍奇な食品になるだろうし、そうなれば次にはそれを食べるときの服装にもきっと凝(こ)りだすだろう。また食事をする場所も、わらぶきの家ではなくて豪華な宮殿で、ということになるだろう。箕氏(きし)はそう考えて、この象牙の箸は単に立派な食事用具というだけにとどまるものではなく、最終的には莫大な浪費と国家の破滅につながる、諸悪の根源であると考えたのである。(『漢字の字源』阿辻哲次)

箕氏の憂い
 書くことは、欠く、掻く、画く、描くに通じるかくこと。土地をかくことが「耕」。「晴耕雨読」は、耕すことが書くことを含意し、東アジア漢字(書)言語圏に格別の言葉である。(『一日一書石川九楊
 つまり、連合型失認の患者は、視覚体験は問題ないが、その体験に意味を付与することができない。これがどのようなものかを想像するには、ふつうの西洋人が漢字を前にしてどう感じるかを考えてみてほしい。(『もうひとつの視覚 〈見えない視覚〉はどのように発見されたか』メルヴィン・グッデイル、デイヴィッド・ミルナー:鈴木光太郎、工藤信雄訳)
 歴史というのは、過去の出来事にとどまらず、現在に連なり、現在を絶えずつくり出している力ですから、結論的にいえば「文体(スタイル)の積畳である」と私は定義したいと思います。(『漢字がつくった東アジア石川九楊