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 以上、眺めてきたように、チベット問題に関して朝日新聞は一貫して中共側の立場に立ち続けて報道してきたことがお分かり頂けたと思う。占領下ではGHQの顔色を窺いながら媚(こ)び諂(へつら)い、1953年にGHQがいなくなると突如豹変し、一貫して中共を礼賛しチベット大虐殺の真実を伝えるどころか隠蔽(いんぺい)してきた朝日新聞。チベット大虐殺の真実を伝えることを怠ったのみならず、チベットで行われているのは、「民主化」、「解放」であると讃美し、搾取され、残虐な刑に処せられていたチベット人民たちが真に解放されるのは、中共の一部となったときだと嘘を並び(ママ)立ててきた朝日新聞。中共の一部となって、近代化も進み、晴れて文明人としてチベット人は生活できるようになったというプロパガンダを中共政府とともに行ってきたのが朝日新聞という新聞であった。(『チベット大虐殺と朝日新聞 朝日新聞はチベット問題をいかに報道してきたか岩田温〈いわた・あつし〉)
 朝日新聞の権威に逆らう者に朝日は容赦しない。紙面を使って糾弾し、世間もそれにひれ伏させ、朝日を怒らせた者の処罰を強いる。朝日は神の如(ごと)く無謬(むびゅう)というわけだ。
ビルマの竪琴』を書いた竹山道雄氏がある時点で消えた。原子力空母エンタプライズが寄港するとき、朝日新聞の取材に氏は別に寄港反対を言わなかった。これも常識人のもつ常識だが、それが気に食わなかった。
 朝日は紙面で執拗に因縁をつけ続けてとうとう社会的に抹殺したと身内の平川祐弘(すけひろ)・東大教授が書いていた。
 南京大虐殺従軍慰安婦沖縄集団自決も同じ。朝日が決め、毎日新聞や中日新聞が追随し、それを否定するものには耳も貸さないどころか、封殺する。
(『変見自在 スーチー女史は善人か高山正之
朝日新聞社]大蔵省から払い下げを受けた国有地は、中央区築地5丁目、海上保安庁水路部跡で、5丁目2番1号の1万35平方メートル、計1万4680平方メートルである。登記簿によると、5丁目2番25号地は、昭和48年1月23日、朝日が所有していた浜田山グラウンドと交換によって朝日に所有権が移転している。5丁目2番1号地は48年2月12日、売払いによって朝日の手に渡っているが、この分については、この日から10年の期間で“買戻し特約”が設定されていて、買戻権者は大蔵省。売買代金は17億271万8020円と記載されている。またこの土地には「国有財産売払い代金延納」を理由として抵当権が設定されている。債権額は29億5890万円。抵当権者は大蔵省。
 つまり、朝日新聞社は国に借金して都心の一等地を手に入れた。この地価は、昭和50年当時、3.3平方メートル当たり200万円はくだらないといわれた。それが56万円という安さなのである。
(『新聞は死んだ 驕り、偽善、エゴを衝く』片岡正巳)
 誰でも、「鬼畜米英」という言葉を知っていると思います。この第二次世界大戦をあおった大変有名なスローガンは、歴史の教科書にも出ていて小学生でも暗記させられます。実は、この言葉は、アサヒグラフという、朝日新聞の発行していた雑誌によって作られました。(『ニュース制作現場だから分かった 「朝日新聞」もう一つの読み方』渡辺龍太)
 ところが、当時の実情を知る世代が高齢化していく中で、1980年代から90年代初めになり慰安婦問題が作り出された。日本人反日運動家が韓国まで出かけていって煽動し、朝日新聞などが捏造(ねつぞう)キャンペーンをした結果、慰安婦問題が日刊両国間の外交問題の大きなテーマになった。宮沢首相から謝罪を受けた盧泰愚大統領が「実際は日本の言論機関の方がこの問題を提起し、我が国の国民の反日感情を焚(た)きつけ、国民を憤激させてしまいました」と述べているとおりだ(『文藝春秋』1993年3月号)。(『朝日新聞「日本人への大罪」西岡力〈にしおか・つとむ〉)
 ともあれ、ここではっきりさせておかなければならないのは、一部の研究者、そして『正論』『諸君!』(2009年休刊)『WiLL』(2005年創刊)などの月刊誌、さらには諸週刊誌とくに『週刊新潮』と『週刊文春』が吉田証言の究明に取り組まなかったら、この人間による歴史の捏造は歴史の正史としてなお長く留まり続けただろう。その点で吉田清治が弄(ろう)した虚偽を覆(くつがえ)すのに最も貢献したのは、研究者で言えば、秦郁彦と韓国・朝鮮研究者で東京基督(キリスト)教大学の西岡力(つとむ)の二人である。(『崩壊 朝日新聞』長谷川熙)

朝日新聞
井沢●よく「クオリティペーパー」と言いますけど、日本にはクオリティペーパーはありません。少部数で正確な情報を出していて、記者の水準も均質に高いという新聞はなくて、みんな大衆紙なんですよ。だって何百万部も出ているんですから。(中略)
小林●駅やコンビニでしか新聞は買えないことになったら、どれを選ぶかっていうようなことが試されてくるからな。
(『朝日新聞の正義 対論 戦後日本を惑わしたメディアの責任小林よしのり、井沢元彦)
 そのような状況で若者、特に全共闘の学生にも人気のあった作家の倉橋由美子さんが、『朝日新聞』のインタビュー記事の中で、「男だったら何をしていますか?」という質問に対して、「男の子だったら、三島さんにお願いして『楯の会』に入れてもらいます」と答えていました。新聞を読んだ私は、初めて「楯の会」に対する理解者を見つけたように感じました。(『果し得ていない約束 三島由紀夫が遺せしもの』井上豊夫)

三島由紀夫
 朝日の記者がサンゴに落書きをつけて、その落書きを見つけたと捏造報道したときには、社長が辞めたけれども、植村記者の捏造は自分が特ダネを取るためにウソをついただけではなくて、義理のお母さんの起こした裁判を有利にするために、紙面を使って意図的なウソを書いたということだから、悪質の度合いも2倍だと思う。彼らの意図的捏造報道により日韓関係が、そして最近では日米関係までもがいかに悪くなったか。その責任は重大だ。(『よくわかる慰安婦問題西岡力〈にしおか・つとむ〉)

日本近代史朝日新聞
 それでも、敗戦の瓦礫の中から祖国を復興するために、経済再建の意気に燃えていた頃の自民党には、理想と教養を持つ政治家もいて保守合同に参集したが、経済力がついた70年台に政界が利権の漁場になるに従い、愚民政治による社会の退廃が急速に進み、経済の拡大に反比例して社会倫理が衰退し、政権担当は既得権擁護のためになり果てた。
 田中内閣による金権政治の横行に続いて、中曽根内閣で表と裏の社会が逆転した後は、竹下内閣で暴力団の影響が政策を動かしたので、政治の場は利権取引の舞台にと変貌した。その結果、国会の議席は二世と官僚出身がほぼ占有し、隙間を人気稼業のタレント候補が埋める形で、議会の多数派を利権屋が支配したために、日本の政治から理想や教養が雲散霧消して、国政の関心は数合わせと利権配分になった。
(『夜明け前の朝日 マスコミの堕落とジャーナリズム精神の現在藤原肇

朝日新聞
 これらの国では共産党独裁はそれぞれ人類史に例を見ない自国民に対する大量虐殺を行ったことが後に明らかになっているが、朝日新聞紙面ではスターリンは「子供ずきなおじさん」毛沢東の文革は「近代化への模索」と報じられ、また、ポルポト軍は「アジア的な優しさに溢れ」ていて金正日の北朝鮮は「ばく進する馬」と形容されていた。(山際澄夫)『「反日マスコミ」の真実 日本を中国、韓国の奴隷にするのか?!西村幸祐
「お父さんみたいにならないで」。母はいつも言う。
 不思議です。あなたは女、父にはなれません。なるとすれば母親でしょう。
「お母さんのようになっちゃダメよ」。こう言うべきです。
 なぜ母は「私のような母親になるな」と言えないのか? ここがポイントです。「私のような母親」とはどんな母親でしょう。答えは簡単ですね。
 自分に無関心・無頓着な夫と結婚し、離婚もできず、思いつく限りの愚痴を幼い頃から言い聞かせ、やがて娘が「父など死ねばいい」と思いこみ休日に泣いて過ごすように仕向ける母。それが「私のような母」です。

(『オタクの息子に悩んでます 朝日新聞「悩みのるつぼ」より岡田斗司夫
 オーウェルが、1949年に存在を予言した「ビッグ・ブラザー」は、彼の設定した『一九八四年』よりやや遅れて、「アサヒ」に姿を変え日本に現れた。
 在ったことが無かったことに、無かったことが在ったことにされ、平然と造られた嘘を流布させるデマゴギーが、良心派のような温和な表情で、実は暴力的な言葉による卑怯なテロを行い続ける。全体主義の支配者は暴力と洗脳でしか、人々を統治、管理できないからだ。
(『反日マスコミの真実2 メディアの情報支配から逃れる方法西村幸祐編)

朝日新聞
 その謝罪記者会見で木村社長は、吉田所長調書の大捏造記事の責任者として、杉浦信之編集担当取締役を更迭しました。(『ひと目でわかる 「慰安婦問題」の真実』水間政憲〈みずま・まさのり〉)

朝日新聞慰安婦