ドイツのうちでも、さまざまな宗派が信仰されている地域の職業統計を調べてみると、ある現象が突出していることに気づくものであり、これについてはカトリック系の新聞や文献でも、ドイツ・カトリック派の会議でも、さかんに議論されている。それは資本家や企業の所有者だけではなく、教養の高い上層の社員たち、とくに近代的な企業のスタッフで技術的な教育や商業的な教育を受けている人々のうちでは、【プロテスタント的な】性格の強い人々が圧倒的に多数を占めるということである。(『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』マックス・ウェーバー:中山元訳)
資本主義
資本主義
もうひとつは、【政治や世界を理解する際に宗教の歴史を抜きにして理解することはできません】。例えば【アメリカの政財界人、最高裁判事等のエリートは、キリスト教のプロテスタント系の聖公会(せいこうかい)の信者が大多数です】。(『宗教で得する人、損する人』林雄介)
例えば、一般信徒は、聖書の教えを聖職者から口頭で聞き学ぶべきで、自ら聖書を読む必要はない、あるいは、読んではならないとされていた。ラテン語で書かれた聖書は、聖職者たちが占有する門外不出の聖典であり、それを各地域の言葉に翻訳することは固く禁じられていた。(中略)ラテン語の聖書を自分たちの日常の言語に翻訳する試みも行われたが、そのような行為をするひとびとは異端として弾劾された。(『宗教改革の真実 カトリックとプロテスタントの社会史』永田諒一)
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