結果は歴然としていた。赤ん坊は提示されたフレーズの種類にふさわしい反応をした。どの言語の発話でも、無意味語の発話でも、禁止を表すフレーズには顔をしかめ、容認を表すフレーズには微笑んだ。だがひとつだけ、さほど予想外でない例外があった。日本語で話されたフレーズには子どもが反応しなかったのだ。(アン・)ファーナルドは、日本人の母親の場合、欧州言語を話す母親よりピッチ変化の幅が狭いためと考えた。この結果は、日本人の音声表現や表情が解読しづらいとする他の研究とも一致する。(『歌うネアンデルタール 音楽と言語から見るヒトの進化』スティーヴン・ミズン:熊谷淳子訳)
著名な民族音楽学者ブルーノ・ネトルは、音楽を“言語の埒外にある、音による人間のコミュニケーション”と定義した。おそらく、これより妥当な定義は無理だろう。(『歌うネアンデルタール 音楽と言語から見るヒトの進化』スティーヴン・ミズン:熊谷淳子訳)
人間の行動における二つの本当に劇的な変容は、現代人類なみの脳の大きさに進化してずっとたってから生じた。その変容はホモ・サピエン・サピエンスのみのものとされる。第一の変容は6万年前から3万年前にかけての文化の爆発的発達で、最初の芸術、複雑な技術、宗教が現れた。第二の変容は1万年前の農耕の登場であり、人々ははじめて作物を植え、家畜を飼い慣らすようになった。(『心の先史時代』スティーヴン・ミズン:松浦俊輔訳)
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