私たちに必要なのは、新しい宗教や新しい聖書【ではない】。私たちが必要とするのは、新しい経験、新しい「私」感覚である。(『「ラットレース」から抜け出す方法 「私」をわからなくする世の中の無意識ルール』アラン・ワッツ:竹渕智子訳)
 首相の外国訪問は重要ではあるが、首相は元首ではない。天皇陛下が日本の国家元首である。元首の御訪問は国賓として扱われ、最高度の儀礼と接遇を受ける。到着時等に受ける国際儀礼上の礼砲も、天皇陛下は21発、首相は19発とされている。(『世界が憧れる 天皇のいる日本』黄文雄)
 一度すべてを失うと、何かを取り戻したところで、完全にもと通りになるわけではない。(『砂の王国』荻原浩)
 一切の思考や判断を差し挟まずに、見たものを「見た」、聞いたものを「聞いた」、感じたものを「感じた」と一つ一つ内語(ないご)で言葉確認(ラベリング)しながら、純粋に事実だけに気づいていく……。この作業を「サティ(sati)」と言い、ヴィパッサナー瞑想はサティの訓練を中心に進めていきます。(『ブッダの瞑想法 ヴィパッサナー瞑想の理論と実践』地橋秀雄)
 ベランダに腰を下ろし、その老人は語り始めた。
「幸福とは、心の状態のことだ。決して金で買えるものではない。生きることの意味を正確に理解することで、その心の状態を進化させることしか私たちにはできないのだよ。いまの世代は、生きるとは何かの理解を急速に失いつつある。だれもかれも、最小限働いて、最大の給料がもらえるような仕事を探し始めている。そして、世界中の金品を集めても買えないような、果てしない欲望にとらわれているのだ」
(『東洋の呼び声 拡がるサルボダヤ運動』A・T・アリヤラトネ:山下邦明、林千根、長井治訳)
 人間ははたして「私」から自由になったことがあるでしょうか?(『時間の終焉 J・クリシュナムルティ&デヴィッド・ボーム対話集』J・クリシュナムルティ:渡辺充訳)

デヴィッド・ボーム
「僕は腹のなかでは、アメリカと戦争をやって勝てるとは思っていなかったから、とても憂鬱な気持ちで読み上げましたよ……。あの時はねえ、陸軍が戦争をやるといっていたが、実際にアメリカとやるのは海軍なんだ。海軍が決心しないとやれない。陸軍は自分でやるんじゃないから腹がいたまない、それで勝手なことをいっていたんです。海軍は自分でやるんだから、最終的な決断は海軍がすべきだったんだ。ところが海軍は、できないとはっきりいわんのだ」(『昭和16年夏の敗戦』猪瀬直樹)

大東亜戦争
 ただ「善因善果、悪因悪果」という言い方は、アビダルマ的に厳密にいえば不正確であり、正確には「善因楽果、悪因苦果」と言わなければならない。善の行為が原因となって、好ましい安楽な結果が生ずる。悪の行為が原因となって、好ましからぬ結果が生ずる。原因のほうは道徳的に【善い】か【悪い】かであるが、結果のほうはその結果を受ける身にとって【好ましい】かあるいは【好ましくない】かであって、道徳的にいえばそれは善でも悪でもない中性である。したがって「善果・悪果」という言い方はできないのである。(『存在の分析「アビダルマ」 仏教の思想2』桜部建、上山春平)
 ジェイムズと共同で、人びとが広大な社会的ネットワークでつながっているというアイデアについて考えはじめると、次のことがはっきりした。社会的影響は知っている人のところで止まるわけではないのだ。私たちが友人に影響を与え、その友人が自分の友人に影響を与えるとすれば、私たちの行動は一度も会ったことのない人に影響する可能性がある。(『つながり 社会的ネットワークの驚くべき力』ニコラス・A・クリスタキス、ジェイムズ・H・ファウラー:鬼澤忍訳)
●キリスト教と名前の由来
 パウロ(イエスの弟子、「異邦人の使徒」)→ポール(英)、パブロ(スペイン)
 ミカエル(天使の名)→マイケル、マイク(英)
 ヨハネ(イエスの洗礼者)→ジョン(英)、ジャン(仏)、イヴァン(露)
 ヤコブ(イエスの弟子)→ジェームズ(英)

●ゲルマン文化と名前の由来
 Karl(「男」を表すゲルマン系の言葉)→チャールズ(英)、シャルル(仏)、カール(独)、カルロス(スペイン)
 Hluodowlg(「高名な戦士」を表すゲルマン系の言葉)→クローヴィス(仏)
 →ルイ(仏)、ルードヴィヒ(独)、ルイス(英)
 Heinrich(「家の主」を表すゲルマン系の言葉)→ヘンリ(英)、アンリ(仏)、ハインリヒ(独)

(『ニューステージ 世界史詳覧』浜島書店編集部)
 それは、ブッダ・ゴータマの最初の説法なるものが、通例の説法とはことなり、むしろ、討論、研究というにふさわしいものであったことを示している。ブッダ・ゴータマは、まず、かの「四つの命題」を語って彼らのまえにおいた。彼らは、それをめぐって、いく日もいく日も、討議し、研究した。そして、そのようないく日かののち、ついに5人のなかの1人、コーンダンニャ(憍陳如)なるものが、それを理解し、納得した。そのとき、ブッダ・ゴータマは、「コーンダンニャは悟った。コーンダンニャは悟った」と、声をあげて喜んだ。(『知恵と慈悲〈ブッダ〉 仏教の思想1』増谷文雄、梅原猛)

仏教
 戦争という危急の事態が、そうでなければ無名のままで終わったかもしれない多くの人々に、名声と評価をもたらした。勇気だけでなく――それは私たちがもうほとんど気にも留めなくなったほど一般化していたが――これまで潜んでいた、思いも掛けない才能や、天才までもが、まったく予期しなかった場所で、苦難の暗さをバックにして、明るいライトを浴びたのだった。(『ある小さなスズメの記録 人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯』クレア・キップス:梨木香歩訳)

スズメ
 スズメに限りませんが、鳥の巣は、卵を抱いてヒナを育てるためだけの場所であって、我々の家のように「暮らすためのもの」ではありません。抱卵期の親鳥は昼も夜もなく卵を温めますから、そういう意味では巣は寝床にもなりますが、ヒナがある程度大きくなったら、親鳥は巣の近くの木立の中などで寝ます。そして、子育てが一通り終わったら、翌年まで、ほったらかしです。(『スズメ つかず・はなれず・二千年』三上修)
「復原をして、すっかり貧乏になりました」
と、屈託なく笑われる吉川(金次)さんの研究を、私は、文部省の研究費を受けて“研究”している大学人や研究所などのいわゆる専門家の研究なるものと、どうしても比較せざるをえなかった。研究費をもらうどころか、生活費をさいてまでつぎこんで、学問に役立つ研究が、下町の職人の家から生まれたのである。
(『森浩一対談集 古代技術の復権』森浩一)
 核抑止力とは、「お互いに核ミサイルを持っているから攻撃できない」という単純な考え方ではないのだ。(中略)
 米ソ冷戦時代に核戦争が起きなかったのは、この相互確証破壊が成立していたからだ。(中略)
 戦略原潜がある以上、米ソともに核攻撃ができないというのが、相互確証破壊の理論である。
(『紛争輸出国アメリカの大罪』藤井厳喜)