ここで注意したいのは、当然だが、死亡保険金を受け取るには必ず死体検案書(死亡診断書)が必要なことだ。この点からすると、たとえば富士山の青木ヶ原樹海などで人知れずこっそり死のうなどというのは、ロマンチックではあるが非常に独りよがりな自殺方法だといえるだろう。死体が見つからなければ、当然死体検案書は出ないし、死亡届も出せない。
 遺族は死亡保険金がもらえないばかりか、「行方不明者」とされたあなたの財産を売買したり名義変更することもできない。婚姻者がいれば、相手はそのままでは再婚できない状態になる。
 それが7年続けば、「失踪宣告」をしてやっと死亡したことにしてもらえるが、死亡保険金に関していえば、その7年間遺族は保険料を払い続けなければもらえない。平均年間保険料の61万円で換算すれば、61万円×7年=427万円が無駄になるのだ。
(『自殺のコスト雨宮処凛
 だいたい、バブル紳士などと言われるようでは最初からなっていない。本当の投機家は、投機のジャングルに出かけるときには緑の保護色をまとい、そうでないときは普通の社会人としての保護色をまとっている。普段はベーシックな業務に精を出し、腹七分目でサッサとカジノを去っていく。そして何年間でも次の機会を待って読書三昧に夜を過ごし、バブル紳士の没落のプロセスなどを醒めた眼で観察しているものだ。(『投機学入門 不滅の相場常勝哲学山崎和邦
 日本人の描いた〈風〉なら、江戸時代の僧・良寛(りょうかん)が書いたこの〈〉が一番。
 筆尖(ひっせん)が紙に垂直に打ちこまれる第一画の起筆(きひつ)の確かさがいい。加えて、第二画の転折(てんせつ)以降の、世界にうちふるえる繊細さがまたいい。孤独の痛さに耐え切る強さと世界を慮(おもんぱか)る弱さの合体した姿が美しい。書は環境の芸術なのだ。外の風はまだ冷たい。風邪を引かれないように。
(『一日一書石川九楊
「わたし、この病気でよかった。たくさんの人たちのいたみを知って、たくさんの人たちに出あうことができたもの。骨肉種さん、ありがとう、っていいたいくらいよ。みんなが、こんなにわたしをね、思っていてくれる……。だから、わたし……、世界一、しあわせ。ねぇ、ママ、わかってくれる」(『いのちの作文 難病の少女からのメッセージ綾野まさる猿渡瞳
 この「社会」ということばは、societyなどの西欧語の翻訳語である。およそ明治10年代の頃以後盛んに使われるようになって、1世紀ほどの歴史を持っているわけである。
 しかし、かつてsocietyということばは、たいへん翻訳の難しいことばであった。それは、第一に、societyに相当することばが日本語になかったからなのである。相当することばがなかったということは、その背景に、societyに対応するような現実が日本になかった、ということである。
 やがて「社会」という訳語が造られ、定着した。しかしこのことは、「社会」-societyに対応するような現実が日本にも存在するようになった、ということではない。そしてこのような事情は、今日の私たちの「社会」とも無縁ではないのである。そこで、societyの翻訳がいかに困難であるか、そのことを実感していた時代をふり返る必要がある、と私は考える。
(『翻訳語成立事情柳父章
 不作為ですよ。今の日本外交の一番の問題は不作為なんです。余計なことを背負い込むのは嫌だと。だから私はまだ外務省の処分を受けていない。処分するには聴聞しないといけない。聴聞になった場合、マスコミに公開した形で行うということを代理人(弁護士)を通じて外務省に申し入れた。そこで私は今まで黙っていたことを話す。そう伝えたら外務省は処分について一切言ってこなくなりました。(『国家の自縛佐藤優
 神仏や聖人でないわれわれでも、話すことよりも聞くことをよしとするのは同じです。その証拠にわれわれは「しゃべりすぎた」という反省はよくしますが、「聞きすぎた」反省はほとんどしません。
 これは情報の発信者と受信者の行動を考えるとわかりやすいでしょう。情報の発信者は、受信者の反応が返ってこないことには、相手が情報をどう思ったかわからないのです。受信者は、情報の受け取りも放棄も、自分の気持ちしだいです。情報がいらなければ捨てることさえできるのです。いらないダイレクトメールのように。その意味で発信者が情報をコントロールしているように見えますが、じつは本当にコントロールしているのは、受信者のほうだといえるでしょう。
(『プロカウンセラーの聞く技術東山紘久

カウンセリング
 おのれの過去にかかわる自負や誇りにこだわっていたら、明日、というより生涯を貫く自負と誇りを失うことになる。(『彼らの誇りと勇気について 感情的ボクシング論佐瀬稔

ボクシング
 視点を高くすることを、カント以降の分析哲学では、抽象度を上げる、と言います。(『心の操縦術 真実のリーダーとマインドオペレーション苫米地英人
 一見逆説的なことに、すぐれた芸術作品には、どこか、人の心を傷つけるところがある。人は、芸術作品に接することで、積極的に傷つけられることを望むとさえ言えるのである。
 傷つけるといっても、もちろん、心ない言葉のように不快な形で傷つけるのではない。その瞬間に、何かが自分の奥深くまで入り込んで来たような気がする。ああ、やられたと思う。その時の感覚が何時(いつ)までも残り、脳の中で、何らかのプロセスが進行しているのが感じられる。その過程で、世界について、今まで気づかなかったことに気づかされる。優れた芸術は、そのような形で、私たちの心を傷つけるのである。
(『脳と仮想茂木健一郎
リグ・ヴェーダ』に含まれる10点近い宇宙創造に関する讃歌(紀元前10-9世紀の成立)のうち、「宇宙開闢(かいびゃく)の歌」(10・129)は次のようにうたう。

一、そのとき(宇宙始原のとき)無もなく、有もなかった。空界もなく、その上の天もなかった。(中略)深く測ることのできない水は存在していたのか。
二、その時、死も不死もなかった。夜と昼のしるしもなかった。かの唯一物は自力によって風なく呼吸していた。これより他の何も存在しなかった。
三、始原の時、暗黒は暗黒におおわれた、この一切はしるしのない水波だった。空虚におおわれて現れつつあるもの、かの唯一物は、熱の力によって生まれ出た。
四、最初にかの唯一物に意欲が現われた。これは思考の第一の種子だった。詩人たちは心に探し求めて、有の始原を無に見つけた。(以下略)

(『はじめてのインド哲学立川武蔵

哲学
 1841年にカナダのプリンスエドワード島東岸の町で生れたチャールズ・フランシス・コフランは、当代きってのシェークスピア劇の名優だった。
 1899年11月27日、コフランはアメリカ南西部にあるテキサス州の港町ガルベストンでの公演中に、突然の病に倒れてまもなく亡くなった。遺体は、遠く離れた故郷に送るのは無理だったので、鉛で縁取った棺に入れられ、町の共同墓地にある石造りの地下納骨所に埋葬された。
 およそ1年後の1900年9月8日、大きなハリケーンがガルベストンを襲った。大波が墓地に激しくたたきつけ、納骨所はめちゃめちゃに壊れた。コフランの棺は波にさらわれてしまった。
 棺はメキシコ湾に流され、そこからフロリダ沿岸を漂流して大西洋に達し、メキシコ湾流に乗って北に運ばれた。
 1908年10月、プリンスエドワード島の漁師たちが、風雨に打たれてひどく傷んだ長い箱が浅瀬に浮かんでいるのを見つけた。9年の歳月を経て、チャールズ・コフランの遺体は5600キロも離れた町から故郷に帰ってきたのである。棺は島の人びとの手で、彼が洗礼を受けた教会の墓地にあらためて埋葬された。
(『本当にあった嘘のような話マーティン・プリマー、ブライアン・キング:有沢善樹訳)
「恨晴らし(ハンブリ)」
 という言葉が韓国語にはあるが、それだ。「恨(ハン)」を持った者には、「恨晴らし(ハンブリ)をするまで「恨(ハン)」が宿る。そして多くの場合、「恨」は内に沈殿してその者の生活すべてに負に作用する。「恨」を昇華させなければならない。
(『無境界の人森巣博
 私流に言い替えれば、公共圏・共同性を欠いた悪しき意味での「私化」が進行しているのである。公共圏・共同性が求められているのは確かだと思う。しかし、現在の「私化」は、旧来の公共圏・共同性が若い世代に通用しなくなったことを背景として生じているのであり、いま求められているのは新たな公共圏・共同性ではないだろうか。それなのに石原(慎太郎)は、忠臣蔵物語を持ち出すことによって、若い世代にはもはや通用しなくなった「滅私奉公」の世界を復活させようとしているのである。
 公共圏・共同性のモデルとして、忠臣蔵という近代日本の覇権的男性性を持ち出すことは、ポストモダン状況においてはアナクロニズム以外の何ものでもない。
(『男らしさという病? ポップ・カルチャーの新・男性学熊田一雄
 ーロッパの世界というのは、三つの柱から成り立っていると言えると思います。corpuschristianaum(キリスト教世界)――すなわちユダヤ・キリスト教の一神教の伝統、ギリシア古典哲学、そしてローマ法の三つから構成される文化統合団体です。この三つから成る一つの文化体系がヨーロッパなのです。(『国家の崩壊佐藤優