ほとんどの人が誤解しているが、金融の国際化とは資金が国境を越えて移動することではない。金融データが、ボーダーレスに高速処理されることなのである。(『マネーロンダリング入門 国際金融詐欺からテロ資金まで』橘玲)

マネーロンダリング
 投資も投機もギャンブルも、全部ただの確率のゲームです。
 お金を賭けて、うまくいけばもうかるし、うまくいかなかったら賭けたお金がヘルカ、下手すると全部なくなってしまうわけです。
 それだけのことです。
(『なぜ投資のプロはサルに負けるのか? あるいは、お金持ちになれるたったひとつのクールなやり方』藤沢数希)
 では、この(※原子力)ムラの住人は一体どのくらいいるのだろうか。独自に計算してみた。原子力産業に関わる人口に平均世帯人員を掛けた数字は約70万人だった。
 この数字だけを見れば多いと思うかもしれないが、日本の全人口と比較すると、わずか0.6%にも満たない数字だ。
 この少数の利権集団が、官僚制度や政治家をうまく使いこなして、原発行政を推進している。
(『なぜ少数派に政治が動かされるのか? 多数決民主主義の幻想』平智之)
 これまで人間は500年にわたってこの地球上のあらゆるものを囲い込み私有化し商品化してきたが、その最終局面として「人体」をテクノロジーの対象とし商品化するにいたったのである。(『すばらしい人間部品産業』アンドリュー・キンブレル:福岡伸一訳)
 その結果できあがるのは、役所の代弁機関としての審議会である。
 1回目の審議会が開かれる前に、役人が委員に選ばれた学者にあらかじめ説明を行う慣わしになっている。役所では、これを「振り付け」と称している。文字通り、役所の思惑通りに振る舞うよう振り付けをするのだ。
(『さらば財務省!政権交代を嗤う官僚たちとの訣別』高橋洋一)
 私の前を歩くな、
 私が従うとは限らない。
 私の後を歩くな、
 私が導くとは限らない。
 私と共に歩け、
 私たちはひとつなのだから。
     ――ソーク族の格言
(『アメリカ・インディアンの書物よりも賢い言葉』エリコ・ロウ)

インディアン
 あらゆる学問のうちまず最初に生まれるのは、神の存在照明をする学問「神学」です。次いでそれを証明するための知的な技術として「哲学」が生まれます。西洋では哲学の発祥は古代ギリシャです。哲学が精緻化するためにはキリスト教神学と結びつく必要があり、神学と哲学は密接な連携を保ちながら深化していきます。
 化学や物理学なども神学から生まれたものです。はじめは錬金術のように、どこまでが神学でどこまでが科学か明確でないようなかたちで誕生しました。少なくとも当時の科学的知見というものは、すべて神の世界のカラクリを解明するのが目的でした。
(『宗教の秘密 世界を意のままに操るカラクリの正体』苫米地英人)

キリスト教/科学と宗教
 神話は、同じ話を繰り返し、論理的な根拠を言わない。コトバで伝わる人々の意識が共鳴し合って共同幻想をつくります。【集団心理では異常なことも普通に見えるとき】があります。(『マネーの正体 金融資産を守るためにわれわれが知っておくべきこと』吉田繁治)

マネー
 残念な話だが、19世紀を代表する科学者のなかには、ヴェルヌとは反対の立場をとり、さまざまなテクノロジーについてまったく不可能と断じた人もいた。ケルヴィン卿は、ヴィクトリア朝時代において最も有名な物理学者かもしれないが(ウェストミンスター寺院でアイザック・ニュートンの隣に葬られている)、「空気より重い」装置が空を飛ぶことは不可能と断言した。(『サイエンス・インポッシブル SF世界は実現可能か』ミチオ・カク:斉藤隆央訳)
「私の記憶は正しいかしら?」スーザンが言った。「私たちが初めて愛を交わしたのは、あのソファの上だったかしら?」
「そうだと思う」私が言った。「少なくとも、始めたのはあそこだ。その後、きみが拍手喝采したのを覚えている」
「ほんとに?」
「きみは、おれは持続性のすばらしさで賞をもらうべきだ、と言った」
「そんなことを言わなかったのは、まず間違いないわ」
「あの時、なんと言ったのだ?」
「『二度と私に触らないで、この無骨者』と言ったような気がする」
(『冷たい銃声』ロバート・B・パーカー:菊池光訳)
 第一次世界大戦以来、肉体・精神両面に関してさまざまな研究がなされてきた。たとえば心的外傷後ストレス障害は、ヴェトナム戦争までは公式に認められておらず、名称も定まっていなかった。今日では、戦争の心的外傷がわれわれに及ぼす影響が、だいぶわかってきている。しかし、軍隊のほうも、兵士をより有能な殺し屋に仕立てあげるために、懸命の努力を続けている。(『本当の戦争 すべての人が戦争について知っておくべき437の事柄』クリス・ヘッジズ:伏見威蕃訳)
 では、お釈迦さまは「なにかを信じなさい」というように「特別な信仰」を人びとに伝えたのでしょうか。いいえ、そうではありません。つねに「客観的な事実」を説かれたのです。まるで弁護士のように、「これはどう考えますか。では、こういうことはどう思いますか」と相手に訊くのです。その問いに答えていくうちに、相手は「ああ、なるほどそういうことか」と真理をつかんでしまうのです。すると相手はみずからの意志で、「じゃあ、やっていよう。これをためしてみよう」と決めて実行するわけです。実践するか否かはあくまで個人の意志にまかされるのです。(『原訳「法句経」(ダンマパダ)一日一話』アルボムッレ・スマナサーラ)

仏教
 2004年だけでも、アメリカ企業は2640億ドルを広告に注ぎ込んだ。これは新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、ダイレクト・メール、業界紙誌、電話帳、インターネットでの広告費の合計である。この年、ヨーロッパの広告費の総額は1250億ドル、日本の広告費総額は560億ドルだった。要するに、禁欲主義、イデオロギー、宗教、広告などの方法を使って、そう意識しているかどうかはともかく、どの社会でも指導者層が欲求を管理している。富の創出の出発点にあたる欲求を管理しているのである。(『富の未来』アルビン・トフラー、ハイジ・トフラー:山岡洋一訳)
「ホークはその人の名前なの、それとも姓なの?」
「ただホークだ」
(『背信』ロバート・B・パーカー:菊池光訳)
 ニュートンの生まれた1642年は、力学の基礎作りに貢献したガリレオ・ガリレイの死んだ年である。またこの5年前に『方法序説』を著し座標幾何学を創始したデカルトは、オランダに移住し、ファルツ侯王女エリザベートの庇護の下で、『哲学原理』を執筆中だった。(『心は孤独な数学者』藤原正彦)