青年●私が言っているのは、何でもかんでもカネが全(すべ)てのこんな世の中では、真正のデモクラシーは育たないということです。
ソクラテス●ふむ。しかし、育つも育たないも、僕らのアテナイのデモクラシーとは民主制、つまり主義や思想ではなくて単なる制度のことだぜ。民衆の多数決が政治を決める、つまり民衆の多数がそういう思想を抱けば政治はその通りになるという制度のことだ。民衆の間でこの世はカネが全てだという思想が育てば、政治もその通りになるんだから、まことに正直な制度だよ。君の国では実によく機能していると思うがね。
(『帰ってきたソクラテス』池田晶子)
日本で最初に西洋哲学の講義、「ヒロソヒ」の講義をしたのは西周(にし・あまね)であり、哲学という言葉も彼の造語である。彼は「ヒロソヒ」を「希哲学」と訳し、ソクラテスを「希哲学の開基とも謂(いふ)べき大人(たいじん)」と呼んだ。(『小林秀雄全作品 26 信ずることと知ること』小林秀雄)
それに反して、書き留められた言葉は反論を許さない。書かれた文章の柔軟性に欠ける沈黙は、ソクラテスが教育の核心と考えていた対話のプロセスを死すべき運命へと追いやったのである。(『プルーストとイカ 読書は脳をどのように変えるのか?』メアリアン・ウルフ:小松淳子訳)
読書/野家啓一
読書/野家啓一
本物の逆説の単純な例は、「嘘つきの逆説」である。エウブリデスという紀元前4世紀のギリシア哲学者が考案したこの逆説は、誤ってエピメニデスのものとされているが、エピメニデスは仮託された語り手にすぎない(プラトンの対話篇に出てくるソクラテスのようなものだ)。クレタのエピメニデスは、「クレタ人はみな嘘つきだ」と言ったとされる。これを完全な逆説に転換するために、少しずるをして、戯れに、嘘つきとは、言っていることがすべて本当ではない人のことだと定義しよう。するとエピメニデスは、要するに「私は今嘘をついている」、あるいは「この文は間違っている」と言っていることになる。(『パラドックス大全』ウィリアム・ストーン:松浦俊介訳)
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