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 儒家は、外部からの強制をよしとしない。それは法家の発想である。それと同時に、無為自然をもよしとしない。それは老荘の発想である。儒家は、人間の本性に根ざしながら、それに基づく作動を他者と調和させ、学習して成長する道を求める。(『生きるための論語』安冨歩)

儒教
 私たちが教わった先生方が、暗黙のうちに教えていた「知」とは、技法とは違う「知」です。古いことを言うようですが、論語に書いてある「朝(あした)に道を聞かば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり」ということです。「道を聞かば」という表現は、学問することを意味します。それを「道を聞く」という。
 もし本当に「あなたは、癌だよ」と言われたら、自分が変わってしまう。そういう体験を繰り返していけば、しょっちゅう自分が死んで生まれ変わることになります。それなら夕方、改めて本当に死んだとしても、驚くことはないだろうと、そういう意味だろうと私は思うんです。自分が変わっていくという経験を繰り返し積み重ねていっている以上は、本当に死んだって何も怖がることはないだろう。それを怖がっているのは、一度も自分が変わったことがない人だということになる。本気で変わったことがない、大きく変わったことがない。
(『養老孟司特別講義 手入れという思想』養老孟司)
 子曰く、学んで思わざれば則(すなわ)ち罔(くら)し。思うて学ばざれば則ち殆(あやう)し。(為政第二)

 先生は言われた。「書物や先生から学ぶだけで自分で考えないと、混乱するばかりだ。考えるだけで学ばないと、不安定だ」。

(『論語入門』井波律子)

孔子
 過ちに気づいても改めない。それがほんとうの過ちだ。

 過ちて改めざる、これを過ちと謂う――『論語』衛霊公篇

(『中国古典 リーダーの心得帖 名著から選んだ100の至言』守屋洋)