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 ルネサンス期のイタリア、スペイン帝国、ルイ14世のフランスからネーデルランド連邦共和国、大英帝国、独立初期のアメリカにいたるまで、一国の浮沈のカギを握るのは政治の責任と誠実な会計だった。よい会計慣行が政府の基盤を安定させ、商業と社会不安を活性化するのに対し、不透明な会計とそれに伴う責任の欠如が金融の混乱、金融犯罪、社会不安を招いてきたことは、何度なく歴史が証明している。(『帳簿の世界史』ジェイコブ・ソール:村井章子訳)
 アジアの信仰では、謙遜、慈善、誠実に力点が置かれ、それは徳を実現するのに「障壁」となる罪をかわし、克服するために必要な道具であると教えられる。たとえばブッダは、貪欲や憎悪、惑いといったものを正しい生き方をする上での障害物であるととれ、「三つの毒」と呼んだ。
 一方アブラハムの息子たちは、罪を媒介物ととらえた。もっと限定的にいえば、ヘンリー・フェアリーが言うところの「構造としての罪」はキリスト教だけの考え方で、キリスト教ほど罪を実体化し、潤色した宗教は世界ではほかに例がない。

(『強欲の宗教史』フィリス・A・ティックル:屋代通子訳)
「理」は「筋が通っていること」で「正しさ」や「誠実さ」を表わし、古来の徳目である「義」や「誠」に通じており、利益を意味する「利」よりも格が上である。(藤原肇)
(『ジャパン・レボリューション 「日本再生」への処方箋』正慶孝、藤原肇)