美子●(藤原)咲平さんはお天気ばかりではなく、色々なエピソードがあるそうね。
正彦●戦争中、陸軍に協力して風船爆弾を作った。千葉県や茨城県の海岸から、1万発ほどの風船爆弾を、時速100キロにも及ぶジェット気流に乗せて飛ばしたそうだ。この気流の厚さはたった数キロなので、直径10メートルの風船が昼と夜の気温差などにより、この帯から出ないような精巧な工夫をしたんだよ。風雨に打たれても大丈夫なように、和紙に渋柿でコーティングしてね。1割ほどはアメリカまで届いて爆発したらしい。
(『藤原正彦、美子のぶらり歴史散歩』藤原正彦、藤原美子)
独身のころ、多くの男性の中から一生の伴侶(はんりょ)となる一人をどうして選ぶことができるのだろう、そのような重大な選択の決め手となるのは何だろう、と常々思っていた。おそらく理想の条件をできるだけ多くかなえた人が合格するにちがいない。背が高くてハンサムで優しくて、こよなく私を愛してくれて、それでいて知的で高収入で……というように。しかし実際はそんな数々の条件はどうでもよくなっていた。彼にあった魅力はたった一つ、抜群にエクサイティング(面白い)ということだけだった。(『我が家の流儀 藤原家の闘う子育て』藤原美子)
藤原正彦/育児
藤原正彦/育児
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