検索キーワード「林房雄」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示
検索キーワード「林房雄」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示
 開国派もまた攘夷派であったのだ。「つまり、開国は、攘夷のための実力をたくわえる手段に他ならなかった」という上山(春平)氏の意見に、私は同意する。その見地からすれば、攘夷派の志士たちが後に「簡単に」開国派に転向したことも理解できる。彼らは「攘夷派」を捨てたのではなく、それを「開国論」という迂回戦略に発展させたのだ。(『大東亜戦争肯定論』林房雄)

大東亜戦争/日本近代史
 政治についてだけではない。明治以後の文学史という一側面だけをとってみても、その底には「西洋との対決」という大きな潮流がながれている。『舞姫』のエキゾティシズムから出発した森鴎外は、その晩年において、なぜ『興津弥五右衛門の遺書』と『堺事件』を書き、元老山県有朋と接近したか。『浮雲』の二葉亭四迷はなぜ文学を放棄し、ロシアに赴き、インド洋上で死んだか。夏目漱石の「ロンドンの憂鬱」(イギリス留学時代のはげしいイギリス嫌い)の正体は何であったか。『吾輩は猫』(ママ)で彼が戦った対象は何であったか。乃木大将の殉死がなぜ漱石を衝撃して『こころ』という異常な作品を書かしめたのか。恋愛詩人与謝野鉄幹を「虎と剣の詩人」にしたものは何であったか。石川啄木の「無政府主義」はなぜ「国家主義」に飛躍せざるを得なかったのか。トルストイから出発した武者小路実篤はなぜ戦後の確信的な「日本主義者」であり得るのか。(『大東亜戦争肯定論』林房雄)

大東亜戦争/日本近代史
 児玉誉士夫は酒を飲まない。飲めないのではなく、飲まない。(中略)
 若いころには、人並みに飲み、飲めばいい御機嫌にもなり、つきあいとなれば酒場の梯子も辞さなかった。ある晩、酒場のカウンターで友人たちとグラスを片手に放談し、さて帰ろうとして気がつくと、上着の背が鋭い刃物で縦一文字に切り裂かれていた。
「これはいけない」と思ったそうだ。「生死の覚悟というような問題ではない。酒場で酔って刺されるなどは男の名誉ではないし、しかも、刺されたのならまだしも、背中に刃物を当てられて、それに気がつかなかったというのは醜態以外何物でもない。こんな飲み方と酔い方はやめよう」
 以来、飲めないのではなく【飲まない】児玉誉士夫が生れた。
(「児玉誉士夫小論」林房雄)『獄中獄外 児玉誉士夫日記』児玉誉士夫